気候変動がメンタルヘルスに与える影響、米国内のケースをレポート

悲痛もさることながら、諦めとなると話はまた別だ。「こうした情報に前向きに対応するには、自分たちなら何とかできる、という気持ちが必要です」とルイス医師。彼女が懸念しているのは、気候に関するマスコミの報道があふれることで人々が差し迫る運命に気を取られ、無力感や拒絶にさいなまれたり、冷笑的になることだ。「諦めることで、自分は現実的な人間だと思うのは簡単です。ですがそれは大間違いです」と彼女は言う。「諦めは、自分の中に変化を起こす意思や能力があることを否定しているのです」 代わりに、患者には他の人々と一緒に行動を起こしてほしいと医師は言う。「大勢なら不安もうまく抑えられます」と医師。「一人で抱え込むにはあまりに大きい問題ですから」

今月下旬に行われるAPAの総会で、ルイス医師も登壇者の一人としてセミナーに参加する予定だ。環境不安障害を抱えた患者との疑似診察を行い、診察の現場でこの問題が実際にどう扱われているかを観客に見てもらうのだ。他には、ポラック医師が司会を務める「気候変動とメンタルヘルス:プエルトリコの例から学ぶ」と題したセミナーがある。プエルトリコ基金のアニー・マヨール会長はそれを自らの肌で体験した。ハリケーン・マリアが2017年に島を襲ったとき、マヨール会長は運に恵まれた側だった。30万人とは違って自宅は無事だった。「コミュニティの助け合いや、家族からのサポートがありました。発電機も使えました」とマヨール会長は言う。彼女は自ら運営するコミュニティ支援NPOでの日々の業務を語った。学校が2か月間閉鎖されたので、5歳になる息子を職場へ連れて行った。たまに休みを取ったり、毎朝欠かさず5キロ走ることで、なんとかストレスに対処した。だが、災害の被害者を助ける職場のスタッフが気がかりだった。「従業員が落ち込んでいるのがわかるんです。コミュニティで他の人々を助けようとしても、どうしたらいいのか自分でもわからないんですから」

テュレーン大学の心的外傷心理学者チャールズ・フィグレー氏は、災害の生存者を支援する人々が経験する2次的トラウマを「同情疲れ」という言葉で表現した。彼は近い将来、もっと多くの地域でさらに多くの気候災害に対応できるようなプログラムが必要になるだろうと予想している。「もし自分が住む地域で広範囲な災害が起きて病院に運ばれたとしたら、病院で働く人々は自分を治療するために家族を置き去りにしなくてはならないのです」とフィグレー氏は言う。「しばらくの間はそれでもなんとかなるでしょうが、長期的には無理です。長期的な災害――電気がない状態でも対応できるよう、専門的に訓練された人員が必要です。昨今の大規模化する災害に対処していく以外、他に選択肢はありません」

自然災害のあおりを受け、PTSDや不安障害、鬱、薬物中毒や暴力は増大する。プエルトリコでも、ハリケーン・マリアの後で家庭内暴力が急増した。避難所の人数は倍増し、女性と子供たちは二段ベッドが所せましと並ぶ部屋で寝た。スタッフの能力も限界に達していた。気温の上昇もあいまって、対人暴力や精神疾患によるER外来件数は上昇した。最近の調査によると、インドでは気温上昇で農業が被害を受け、この30年で6万人の農家が自殺したという。2018年のスタンフォード大学の分析によると、アメリカとメキシコでは猛暑だけが原因で自殺する人の数は、2050年までにさらに1万4000人増えると予想されている。

現時点では気候移住の問題はそれほど顕在化していないが、それでも初期の調査結果は思わしくない。ハーバード大学の調査によれば、2011年に起きた日本の津波で移住を余儀なくされた高齢者は、自宅に留まることができた人々と比べると、健忘症の兆候が多く見られたという。ハリケーン・マリアのあと嵐で自宅を追われ、フロリダに移住したプエルトリコの人々も、島に留まった人々と比べるとかなり高い確率でPTSDの症状が見られた。

専門家は、増大する危機への準備は十分ではないと言う。「アメリカのメンタルヘルスの体制は機能していません。しかも災害時には後回しにされてしまいます」と、外傷研究の専門家であるフェレイラ氏は言う。「メンタルヘルス対策よりも、インフラ復旧のほうにばかり気を取られている。人的な要素は忘れられがちなのです」

Translated by Akiko Kato

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