逸脱する入稿 『ダークウェブ・アンダーグラウンド』完成までの道程

木澤 佐登志著『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』の図案(Keita Mori)

デザイナーは、いつだって「噛み付かれて」いる……。トーベヤンソン・ニューヨークのギタリスト、アートディレクター/デザイナー森 敬太が、「現実との格闘」を赤裸々に語る連載「リアリティ・バイツ」。第3回は森がブックデザインを手がけ、2019年1月に刊行されるやいなや重版が決定したノンフィクション『ダークウェブ・アンダーグラウンド』について。

※この記事は2019年3月25日に発売されたRolling Stone Japan vol.06に掲載されたものです。

「ちょっとハモって曲紹介して」とデリカシーなく言い放った三宅裕司を見返したゴスペラーズ一同の顔に浮かんだかすかな悲しみ、そしてワンテンポ遅れて諦めに似た感情がそれを覆い隠し、現れた深みある微笑み。あれと同じ表情が担当編集氏に「今回は、デザインの話をしてください」と言われた私の顔面にも張り付いています。

難しいんですよね、デザインの話って。人様の仕事をどうこう言う立場にもなければ暇もないという念はもちろん、自分の仕事を解説しようにも、そんなもん野暮やないか、職人は黙ってマウスと拳で語るんや、とデザインいてまえ打線が脳内で長打を連発、数日間横になりながらクーリッシュを吸う肉と化していました。じゃあもう2ページ使ってクーリッシュの話するかこうなったらと腹をくくったんですが、ほんと語ることないんですよね、デザイン以上に。覚悟を決めて蛇足オブ蛇足を百万本、今回は本のデザインの話をしようと思います。

皆様が今膝の上、あるいは太ももに積まれた数枚の冷たく重い石版の上で開いていらっしゃる文字や図案をインクで刷った紙をまとめて糊で固めた束。これが本なのですが、その完成までのプロセスには膨大な手順が存在します。デザイナーが関わるのは長い道のりの終盤ごく一部。著者と編集者が編み上げた物語や思想を物質化するための設計図と量産用見本を作るという工程です。2019年1月にイースト・プレスから出版された『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』という本を例に、その道程を解説します。

本のデザインも例によって突然の依頼から始まります。今回の依頼者は敏腕若手編集者、方便凌氏。依頼メールには「今回の本では、西海岸文化からうまれた、既存の国家や法律を超えた新しい世界を夢見るインターネットの思想と、そこから発展した暗号通信のネットワーク=ダークウェブのカルチャーを紹介しつつ、その文化がうねりとなり、新反動主義などに繋がっていく流れを書いています。なにがなにやら、という感じではありますが」との記述が。これ、もしかして丸投げパターン来るんじゃないかという予感を強くさせる素直ないい文章に深いうなずきを一つ。ハーン、わかんねえなこれと思いつつ「今回もよろしくおねがいします!」と即返信したところ、「では明日打ち合わせに伺います」と返信が。この間、約10分。次世代感溢れるスピードで事が流れると、明日までにできることなんてないよな、ああもう打ち合わせは徒手空拳で挑もう、なにもねえよ大事なのは雰囲気だよと大らかな気持ちに満たされます。

依頼メールに目を通すだけで瞬時に、考えてもわからないとわかる能力、これは業界をサバイブする上で非常に重要です。僕くらいになると説明されてもわからないだろうと直感する能力も体得しています。翌日、「またややこしいのすいませんね、へへへ……」という枕から方便氏が内容を丁寧に解説してくれたのですが、予想した通り全然わからない。思ったとおり編集側からのデザイン方向についてのリクエストも「ちょっとどうしたらいいのか検討がつかないんですが、かっこよくおねがいします」的なマジファジーなものでした。ここまで予想通りに進むと、逆に世の中思い通りなんじゃないかと思ってしまいます。ここで渡されるのが原稿をプリントアウトしたコピー用紙の束。これを手がかりに本の完成形を想像していきます。

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