現場目線で振り返る、2010年代の日本語ラップシーン座談会

日本語ラップと洋楽、リスナーの壁

渡辺:あと、BAD HOPやKANDYTOWNのソロ活動にも顕著ですけど、新時代の日本語ラップ・シーンを牽引してるのがCHARIくんとTASTUKIくんなのかなと。「ビッチと会う」 もそうだし、ここ数年の勢いがすごいじゃないですか。

CHA:(笑)。あの曲は、JP THE WAVYくんがパッといったのがデカいですね。

TA:ラッパーの人選と、DJだからクラブでかけやすい曲というのは意識しました。ビデオが良かった!


Weny Dacillo, Pablo Blasta & JP THE WAVYらが参加した、DJ CHARI & DJ TATSUKIプロデュースの楽曲「ビッチと会う」。「時々ビッチと会う/こいつはエロ過ぎる」という強烈なフックが話題に。

渡辺:お二人が作ってる曲には沖縄のYo-Seaや、姫路のMaisonDeのメンバーなど、東京以外のミュージシャンも参加していますよね。勢いのある若手を引っ張ってこよう、というような意図はありますか?

CHA:うーん、カッコいい人をチェックして声かけるだけで……。僕はもう、「カッコいいな」と思ったらすぐ声かけるんで。ビートを送って、「こういう感じ合うと思うんだけど」みたいな。

渡辺:私はあまり地方のクラブには行かないんですけど、昔はそれこそ東京のシーンと時差があったと思うんですよ。最近はどうですか?
TA 時差もありますけど……。

CHA:それより、最近は日本語の曲と洋楽をかける時の差がすごくて。海外ので盛り上がるのはシェック・ウェスくらいで、日本語以外は棒立ち~みたいな。

TA:去年二人でツアーをまわったときも、最初は洋楽から入るけど、早い段階から日本語メインでプレイすることが多かったです。

渡辺:それだけ国産の曲で盛り上がるようになったというのは、2010年頃を思うと大きな変化ですよね。

CHA:「テキジン」がヒットしたころは、まだ洋楽のほうが人気でしたしね。あと、当時はクラブのヒットチューンと普通の人のヒットチューンが違ってた。(KOWICHIの)「BOYFRIEND#2」もクラブでめちゃくちゃかかっても、一般には浸透していなかったように思うけど、最近はそこに差がないのかなって思いますね。

渡辺:そこはBAD HOPとかKOHHの影響かもしれないですね。お二人はずっと現場にいて、今は制作側にも回ってますけど、洋・邦のリスナーの壁は今後もっと薄くなったほうがいいと思います? それとも、別のシーンが2つあるみたいに、それぞれ発展していけばいいと思います?

CHA:それは最近考えていて。BAD HOPがラジオで(USの)新譜を紹介するのはすごくいいなーと思いますね。ファンの子も、自分の好きなラッパーが好きな海外のラッパーとか知りたいと思うし。でも正直、もっと溝が深まっていくのかなとも思いますね。(それを防ぐには)向こうのラッパーと一緒に曲を作ってヒットさせるしかないんじゃないかな。

伊藤:今ってSpotifyとかのプレイリストでも、(USと日本が)混ざってるものが多いでしょ。だから、並列に聴いてる人は増えてそうなものだけど、クラブに行くとそこに断絶を感じてしまうのは不思議だよね。

TA:ストリーミングで課金して聴いてる人はまだまだ少なくて、YouTubeで聴いてる人のほうが遥かに多数派なんでしょうね。

渡辺:私もINSIDE OUTっていうメディアを2011年からやっていて。AKLOというカリスマティックなラッパーが出演して、彼が、自分の好きなトラヴィス・スコットやJ.コールの曲を紹介すれば、きっとAKLOのファンも興味を持ってくれるに違いない……と思ってたけど、あまりそんなことはなかった気がします(苦笑)。

伊藤:我々のようなメディアサイドの願望としては、自分が好きなアーティストがどんな音楽から影響を受けてるんだろう?と思ってそこからいろんな音楽をチェックする、という風にリスナーの大多数がなってくれたらうれしいんだけど、これだけ様々なジャンルの音楽にアクセス可能な時代であっても、それはなかなか難しい。一方で、90〜2000年代は例えば「MUROがプレイしてたあのレコードが欲しい!」みたいな人が今より多かった印象があるんですけどね。

A氏:日本語ラップが好きでも、昔の日本語ラップは聴かないって人もいるだろうし。

TA:今は日本語ラップが人気で充実しているから、昔だったら洋楽にあてていた情熱がそのなかだけで完結しているんじゃないですか。

伊藤:そうそう、そこで消費が完了しちゃってるから。それはそれで、日本のヒップホップの成熟化の表れだと思うから、一概に悲観的になる部分でもないと思う。それに、アメリカでもヒップホップという言葉がメインストリームで使われることが年々減っていって、「ラップミュージック」と呼ぶことのほうが多いんですよね。遡ればNasが2006年に『Hip Hop Is Dead』というアルバムを出した時期に、それ以前の定義に則ったヒップホップはある意味死んだんですよ。日本では今も「ヒップホップ」という言葉を使うことは多いけど、実際はヒップホップ的思想やロジックを重視しなかったり、ヒップホップ的なバックグラウンドのない「ラップ・ミュージック」的なスタイルの人たちが増えてきている。BAD HOPみたいな人たちは、どこまで成功しても「ヒップホップであること」に拘り続けるだろうけど。

渡辺:バトル出身の子が増えてくると、さらにそうなりそうですね。さっきCHARIくんが洋・邦が混ざらないという話で、「海外のラッパーと一緒に曲やるのが解決策」と言ってたじゃないですか。例えば中国のハイヤー・ブラザーズは、デンゼル・カリーやスキー・マスクを迎えた曲をやって、それがアメリカのメディアでも紹介されるという図式ができてますよね。日本ではどういう形が理想的でしょうか。

CHA:理想はああいう形、あのくらいのメンツでアルバムが出せたら一番いいですよね。

伊藤:だけど、日本の音楽マーケット自体が小さいからね。海外のアーティストとやるにも予算が釣り合わないし、外タレに大金払って共演が実現しても、それに見合った商業的なリターンが得られるわけじゃないから。

A氏:最近だとCz Tigerが積極的にやってますよね。

TA:昔、SQUASH SQUADのアルバムにターマノロジーが参加してた時はブチ上がった(笑)。あと、JP THE WAVYが韓国のSik-Kと一緒にやった曲(「Just A Lil Bit」)はすごく良かったです。

CHA:あれはいいね~。あと最近、曲を制作してて思うのが、ビート感ってめちゃくちゃ重要だなって。日本人って横ノリが苦手で、プチョヘンザ感というか縦ノリが好きじゃないですか。例えば、AwichさんとJujuくんの「Remember」や僕たちの「22VISION」は(右手を挙げながら)こう縦にノレるじゃないですか。でも、横になるとどうノッていいかわかんないみたいな。



伊藤:そこをどう受け取るのかって話だよね。それはそれでいいじゃん、日本独自の文化なんだからっていう考えも、一つのステートメントとしてはアリだと思う。その一方で、ヒップホップ性を踏まえるんだったら、そこの問題を打破した、アメリカ的な盛り上がり方が好きな人にとっては難しいと思うし……。アメリカと同じ盛り上がり方になれば正解なのかっていうのは、もっと深く考えるべきテーマだと思う。

渡辺:それが例えば、日本独自のMCバトルの話に帰結するというか。私もアメリカと同じようにノるのが正義とは思ってはいません。でも、中国や韓国のアーティストがあれだけアメリカでグローバルに成功している様子を見ると、「何か日本からのアンサーみたいなのもあるべきなんじゃない?」とは思いますね。

伊藤:締めっぽくなっちゃうけど、2020年代はそういうディケイドになってほしいですよね。どういう形であれ、日本のラッパーがグローバルに成功したわかりやすい例がまだないから。KOHHだって、日本以外のリスナーで彼のことを知ってるのは、まだだいぶ感度の高い人たちだけだと思いますよ。

渡辺:種蒔きは2010年代に充分できたと思うんですよ。今はそれを耕したくらい?

伊藤:畑にはなったけど、まだ農園として整理されてなくて、世界に輸出できる状態じゃない、みたいな?

渡辺:「このバナナよくできてるなー」って(笑)。それを地元の人たちで美味しく食べましょうくらいの段階なのかなと。それが次の10年でどうなるかなって。

A氏:昔はBBOY PARKで「なぜ日本語ラップがクラブでかからないのか」みたいなテーマでパネルディスカッションをやったりしてたんですけどね。

伊藤:BLASTでもしたことがありますね。今となっては「なんでそんな議論してるの?」って思う人もいるかもしれないけど、当時は大きな課題だったんですよ(笑)。

渡辺:今年はKANDYTOWNがチームでの活動をより強化していくと風のうわさで聞いてますし……2019年、面白い方向に転換するのかなと。

A氏:KANDYTOWNとBAD HOPにかかってる(笑)。

渡辺:あと私が楽しみなのは、KANDYTOWNのKEIJUをはじめ、去年からメジャーディールを獲得した若いラッパーがすごく増えていて。そういったアーティストたちが、インディーとは違う活躍や成功の仕方を示してくれるのかな、と。

伊藤:でも、もしこの記事を読んでいる人の中にメジャー・レコード会社関係者がいて、日本でヒップホップが盛り上がってきてるから、という理由で誰かと契約しようとしてるなら、この座談会を踏まえて頂きつつ、かつてメジャーで成功したアーティストたちの売り方をなぞった程度のスキームでラッパーを売り出すことはやめてほしい。J-POPや洋楽に安易に寄せたラップを作れば売れる、っていう時代ではないですし、それはただ文化を搾取してるだけなので。


Edited by Toshiya Oguma
Text by Kotetsu Shoichiro (STUDIO MAV)



PROFILE


伊藤雄介
2000年頃から音楽ライター活動を開始。後に日本初のヒップホップ専門誌「BLAST」の編集長を務める。現在はヒップホップ・サイト「Amebreak」の運営に関わる傍ら、ライター活動や『ラップスタア誕生!』(AbemaTV)の審査員なども務めている。



DJ TATSUKI
東京都杉並区出身。都内を中心にDJ活動を行い、多くのミックスCDやエクスクルーシブ音源をリリースしてきた。2016年にAIR WAVES MUSICに所属し、2018年4月にはDJ CHARIと共に1stアルバム『THE FIRST』をリリース。2019年1月にリリースした「Invisible Lights feat. Kvi Baba & ZORN」はiTunesのHip Hopチャートで初登場1位を記録した。ジャパニーズ・ヒップホップに精通し、国内外問わない新譜の選曲が特徴。ZORNのライブDJとしても活動している。



DJ CHARI
AIR WAVES MUSIC / BCDMG所属。2018年、1stアルバム『THE FIRST』をDJ TATSUKIと共同リリース。収録曲の「ビッチと会う feat. Weny Dacillo、Pablo Blasta & JP THE WAVY」はYouTube再生回数が100万回を突破した。AbemaTVで放送中の音楽番組「AbemaMIX」に毎週木曜日のレギュラーとして出演中。


レコード会社ディレクターA氏
某レコード会社ディレクター。他の座談会メンバーとは飲み/遊び仲間。



渡辺志保
音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタビュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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