タイラー・ザ・クリエイター『IGOR』を考察「2010年代を駆け抜けた青年期の終わり」

タイラー・ザ・クリエイター(Courtesy of ソニー・ミュージック)

タイラー・ザ・クリエイターが通算5枚目となるニュー・アルバム『IGOR』で、自身初となる全米チャート首位を達成。2019年を代表するヒップホップ・アルバムに刻まれたものとは? 音楽ライター/トラックメイカーの小鉄昇一郎が本作の魅力に迫った。

5月中旬にリリースされた、タイラー・ザ・クリエイターのニュー・アルバム『IGOR』が非常に注目を集めている。初週で約14~17万枚相当の売り上げを記録し(2017年の前作『Flower Boy』は約10万枚)、既に2019年を代表するヒップホップ・アルバムとしてリーチしている。ファレル・ウィリアムス、カニエ・ウェスト、ソランジュ、プレイボーイ・カルティなど豪華ゲスト陣の参加、「シンガーとしてのタイラー」の存在感がさらに増した楽曲たちに加え、「GONE, GONE / THANK YOU」で山下達郎「Fragile」がサンプリングされるという日本のリスナーにとっても興味深いトピックなどもあり、国内外でいま最も注目されている一枚ではないだろうか。

2019年というディケイドの終わりに登場した本作は、タイラーの歩みを追いかけてきた人にとって、とりわけ興味深いアルバムになっている。彼のこれまでのキャリア──2010年代というディケイドは、オッド・フューチャーを引き連れ我々の前に登場し、その名を不動のものにしていった10年間だ。『Bastard』(2009年)、『Radical』(2010年)、『12 Odd Future Songs』(2011年)などの活発なリリースや、ショッキングなブラック・ユーモアに満ちたビデオやアートワークで(「Yonkers」「She」「Ralla」...)、強烈過ぎるインパクトとともにシーンに参入。メロウハイプやドモ・ジェネシスといった個性豊かな各人のソロ/派生ユニットの活躍──とりわけフランク・オーシャン、ジ・インターネット、アール・スウェットシャツの作品はヒップホップ/ラップ・リスナーに留まらず広く評価され、彼らが単なるキッチュなハイプではなく、優れた音楽性を伴ったミュージシャンであることを示した。




タイラーもまた『Goblin』(2011年)、『Wolf』(2013年)、『Cherry Bomb』(2015年)、『Flower Boy』と、2年に1枚ほどの安定したペースでソロ・アルバムをリリース。いずれも高い評価を得ている(『Flower Boy』はグラミー賞にノミネート)。一方、近年はオッド・フューチャーとしては実質的に活動休止状態にあり(SNS上では再始動に向けたコメントもあり、Low End Theoryで久しぶりにライブを行うなど、正式には解散していない)、ジ・インターネットを兼任するシドはクルーの脱退を表明している。浮き沈みの激しいUSラップシーンにおいて、10年という月日は充分な「重み」を持つ。

前作『Flower Boy』で見せた新境地──カリ・ウチスやレックス・オレンジ・カウンティなどの美しい歌声をフィーチャーした楽曲の数々は、彼のソングライターとしての成熟を感じさせるに充分であった。その「成熟」ぶりは、NPR Music Tiny Disk Concertでの、ウッドベース、ドラム、キーボード、そして二人の女声コーラスによるパフォーマンスにコンパクトに表れているので、未見の方は是非チェックして欲しい。随所に彼独自の茶目っ気はあるものの、オッド・フューチャーの頃の露悪的なあれやそれや──同性愛差別的なリリック、猟奇的なストーリーテリング、ナンセンスな暴力描写に満ちた悪趣味なPV──を思えば、このインタープレイの風通しの良さは、アーティストとしての心境の変化を感じずにはいられないものだ。

(ただし、いきなり『Flower Boy』でモードチェンジした訳ではなく、前述の「She」しかり「FUCKING YOUNG / PERFECT」「Threesome95」などの名曲において、タイラーのメロディメイカーぶりは垣間見えていた)


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