『町田くんの世界』石井裕也監督と岩田剛典が語る「愛」の哲学

「恋」も「愛」もエネルギーとしては同じ。

─本作は、「愛とはなにか」「人を好きになるとはどういうことなのか」を考えさせられる映画だと思いました。「誰かを特別に思うこと」が愛なのか、「誰かを通して世界を愛すること」が愛なのか、町田くんも映画の中でずっと葛藤しているわけで。

石井:毎回、自分の映画の英語字幕制作には携わるようにしているんです。別にそんなに英語が話せるわけでもないのに、どうしても首を突っ込みたくて(笑)。つまり、この台詞がどう英語に翻訳されるか?を踏まえた上でいつも脚本を書いているんですよね。今回の場合、「恋」と「愛」は同じ「Love」に訳されるので、英語ではその違いのニュアンスを上手く出せないことが分かっていました。なので、そこは僕が「愛とはなにか」「人を好きになるとはどういうことなのか」を考える基軸になっていた気がしますね。

この映画を完成させた今、思うのは、僕の感覚にも「恋」という言葉はないというか。英語圏寄りの考え方なんでしょうか。「恋」も、同じ「愛」の表現の仕方の違いというか、エネルギーとしては同じだと思うんですよね。それが広く満遍なく対象に向かっていくのか、あるいは対象を狭めていくかの違いなだけな気がして。別に「愛」に対して詳しいわけじゃないですけど、どちらかというと対象を限定した愛の方が煩悩は生みやすいですよね。

─おっしゃる通りです

石井:ややこしくなるし、戦争も起こり得るでしょう。ただし、受け取った側はそちらのほうが幸福に感じるのではないかと思うんです。満遍なく愛されるワン・オブ・ゼムより、自分だけが愛されている方が幸せなのかなと。ただ、どちらが優れている、劣っているということではなくて、そのバランスが重要なのかなあとか。色々考えちゃいますよね。……って、いいんですか、「愛」についてこんなに語って(笑)。岩田くんが話してくださいよ。

岩田:いや、深いですよね(笑)。「愛とはなにか?」ですか……。

─岩田さん演じる氷室も、自分の気持ちを気づくまでに時間がかかるというか。人はどのタイミングで恋に落ちるのだろう? ということを考えさせられました。

岩田:そうですねえ。いや、町田くんのように自分の感情が分かっていないわけではなく、分かっているけど分からないフリをしている感じだったと思うんですよね。自分の気持ちを受け入れる勇気というか。そこは1枚の壁があって。でも、その壁ができた時点で「恋」が始まっているわけですよね。それを受け入れたときに「愛」に変わるのかとか。……なんだか哲学みたいになってきましたね(笑)。

石井:いやあ、すごくいい話だ(笑)。

─自分の気持ちを受け入れるまでに壁が出来てしまうのは、相手に拒絶されるのが怖いからなのか? とか、それってそもそも相手に何かを「求める」ことだから、それは無償であるべき「愛」とは別物ではないか? とか、そんなことまで考えさせられました(笑)。

岩田:なるほど、確かにそうですね。

石井:振り返ってみると、10代の頃や20代前半までは「愛」を公言すること、それ自体が恥ずかしかったですよね。人に対してもそうだし、自分が打ち込んでいるもの……スポーツとか音楽とかに対しても「愛してる」などと自覚することにも躊躇いがあった。ただ、それが最近になって取っ払われてきたんです。自分が少女漫画を映画化すると決めたからなのかもしれないですけど。

それに、言うまでもなく全ての音楽や映画は、突き詰めれば「愛」がテーマなんですよね。そんなこと言うのはやっぱりすごく恥ずかしいですけど(笑)、でもそこにしか帰結しないですよね。それは「異性愛」とは限らず、広い意味での「愛」ということですが。……という結論でいい?

岩田:大丈夫です(笑)。

─ありがとうございます(笑)。そして、やはり衝撃的だったのはクライマックスの展開でした。いろんな思いがあって、あの表現にたどり着いたと思うのですが……。

石井:この文脈で話すとすれば、もう答えは出ていますよね(笑)。「愛とはなんだ?」ということです。このテーマは、何十時間、何百時間と考えたところで答えは出ないんですけど、そのくらい壮大なものであるし、こんな言い方をすると「逃げてる」と言われるかも知れないけど、やっぱり「奇跡的なものである」としか言いようがないんですよね、解明できないから。

だとすれば、町田くんが「愛ってなんだろう?」と悩み続け、その答えを出すシーンでは「壮大な奇跡」を起こしたくなったというか……起こしてあげたくなったんですよね。「空も飛べるはず」という、スピッツの曲じゃないけど。そういう気持ちって、決して比喩ではなくみんな感じるんじゃないかな。それを、勇気を振り絞って映像化したということです。

─岩田さんは、あのシーンについてどんなふうに思いましたか?

岩田:いやあ、もちろんビックリしますよね(笑)。誰もが予想だにしない展開ですし。ただ、このストーリーがまとまる形に想いを馳せると、「なるべくしてなった」という気もするんですよね。

─確かに。衝撃的ではあるんですけど、「めちゃくちゃな展開だ!」とは僕も思わなかったんですよね。それはきっと、この映画が単なる「絵空事」ではないが「凄まじく誠実なウソ」を散りばめたフィクションであるという、絶妙なバランスで成り立っているからなのかなと。人はなぜ「絵空事」つまりファンタジーを求めるのか? を考えたとき、きっとファンタジーという手法を用いなければ描けない「リアル」が存在するからだと思いました。

石井:おお、なるほどね。その通りだと思います。いやあ、面白いですね。

─オムニバス映画『ウタモノガタリ-CINEMA FIGHTERS project-』(2018)のうちの一篇「ファンキー」に続き、今回2度目のタッグとなるお二人ですが、次はどんな作品を一緒に作りたいですか?

岩田:石井監督が作る作品はいつも刺激的で、「次にどんな役をいただけるんだろう?」と思うとワクワクします。前回もそうでしたが、ほんと予想だにしない作品を世に送り出す方なので、僕はもうどんな役でもご一緒できる機会があるなら願ってもないという感じですね。

石井:いい男は、悩んでいる姿が色っぽいということだと思っているんです。だから岩田くんにはどんどん悩んで欲しいし、今回以上に悩みを抱えるような役で、次はご一緒したいなと思っています(笑)。





『町田くんの世界』
全国劇場にて公開中
配給:ワーナー・ブラサース映画
©安藤ゆき/集英社 ©2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

http://wwws.warnerbros.co.jp/machidakun-movie/

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