サンタナを救った一曲、低迷期に大ヒットが誕生した感動秘話

カルロス・サンタナ、ロブ・トーマス、クライヴ・デイヴィス、その他「スムース」の制作の関係者たちが1999年のメガヒットの実現がいかに困難を極めることであったかを語る(Frank Micelotta/Getty Images)


7. 生き続ける曲

「スムース」はアメリカ国内で3ヶ月間1位の座を保ち続け、その曲が収録されたサンタナのアルバム『スーパーナチュラル』は1500万枚以上を売り上げた。その年の夏にハーレムの道路を封鎖して撮影された「スムース」のミュージック・ビデオはその人気をさらに上乗せするものとなった(「文字通り、映画のセットみたいだった。メイクも衣装もケータリングも全部がすごかった」とホームズは語っている)。翌年、サンタナは最優秀アルバム賞を含め、グラミー賞8部門を受賞するという偉業を成し遂げた。そのうちの3部門、最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞は「スムース」に送られた。この曲に様々な形で関わった人たちは様々な形でその反響を感じ続けた。



サンタナ:グラミー賞でこの曲を演奏した時にダンスの波が起こっていたのを覚えている。そして、照明が前列で踊っているグロリア・エステファンとスティングに当たったんだ。彼らの目が「こりゃすごいぜ!」って言っているのがわかったよ。

ガンバーグ:私の子どもたちは「スムース」が出た時はすごく小さかった。1年後、子どもたちをニューヨーク州北部にりんご狩りに連れて行ったんだ。りんご狩りが終わった後、ピクニック・テーブルに座ってアップル・サイダーを飲んでアップル・サイダー・ドーナッツを食べていたんだが、そこでジャグ・バンドが演奏していた。そのバンドが「スムース」を演奏し始めた時、私たちはついにやったと思った。

トーマス:ジョン・メイヤーが「ドーターズ」を書いた後に俺は彼と話す機会があって、2人で俺たちの曲はこれからもずっと結婚式で演奏され続けるだろうねって言っていたんだ。結婚式に行ってそこにバンドがいたら彼らは「スムース」を演奏するだろう。それはいいことでもあるし、あまりよくないとも言えるけどね。

シャー:数年後の夏、私はなぜかブダペストにいて、ある町の広場を歩いているとカフェから「スムース」が流れてきたんだ。

サンタナ:あの曲を演奏すると毎回、オーディエンスはまるでそれが自分の家族であるかのように歓迎してくれるんだ。みんな日頃の心配事から一息つける瞬間が必要なんだと思う。あの曲は喜びをもたらし、みんなの何も欠けていない人生を祝福する。みんな確信がほしいし、祝福されたいんだ。いつもあの曲はその役割を果たしている。

トーマス:あの曲は俺をあのバンドで歌っているやつという括りからソングライターのロブ・トーマスに変えてくれたけど、それは本当に大きなことだった。そうなってからミック・ジャガーとかウィリー・ネルソン、トラヴィス・トリット、マーク・アンソニーなんかから電話をもらうようになった。彼らはソングライターとしての俺を見てくれて俺と一緒に曲作りをしたいと言ってくれたんだ。この曲が俺にいろんな道を切り開いてくれて新しい繋がりがたくさんできた。俺は歌ってなかったかもしれなかったのにね。

デイヴィス:あれはただのヒットではなかった。ヒットの中のヒットになった。決定的なヒットになった。歴史に残る偉大な1曲になったんだ。1度聞くと病みつきになってすぐに口ずさむことができるような魅力を持った曲だ。カルロスは私と人生を通じて共有してきたことに対する感謝の気持ちを示すために今でも年に2,3回、豪華な花束を贈ってくれている。

トーマス:みんながあの曲をネタにしたがるのと同じように俺もネタにしてきたよ。マッチボックスのメンバーとシンガポールで酔っ払って「スムース」をカラオケで歌ったんだ。そんな時に誰かから「Man, it’s a hot one, huh?(魅力的だろ?)」って言われるようなことが何度あったか。今でもね。こういうことには器のでかいユーモアのセンスを持たないとダメだね。あの曲はいつまでも嬉しく思える贈り物みたいな感じだよ。





Translated by Takayuki Matsumoto

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