トム・ヨークのソロ2作目『Tomorrow’s Modern Boxes』を全曲解説で振り返る

5.「Truth Ray」
奇形の空襲警報のようなサウンドで幕を開け、揺らぐシンセと(現在のトムの基準からすれば)シンプルなビートがリードするこの控えめなトラックは、トムの唯一無二の歌声の魅力を最大限に引き出している。また「放すな 放すんじゃない」「何てことだ / 俺の人生は罪に満ちている」というパラノイアじみたヴォーカルとは対照的に、この曲はトムのソロ作の中でも最もアップリフティングなもののひとつとなっている。しかし「Truth Ray」における真の功労者は、レディオヘッドの長年に渡るパートナーであるナイジェル・ゴッドリッチだ。ウォームなリバーブ、氷のように冷たいベル等、シンプルでありながら息を呑むような華やかさを添えてみせるその手腕は、ベックの最新作『ジ・インフォメーション』でも発揮されていた。トムによるマシンビートに、彼は命を吹き込んでみせる。




6.「There Is No Ice (for My Drink)」
ファンの間ではトムによるこの新作を、『Amok』のセッションにおけるボツ曲集、あるいはレディオヘッドとしてスタジオ入りする前にトムが必要としたIDM志向の捌け口と捉える向きもあるようだが、本作はスタンスとサウンドの両面において、むしろ2006年発表の彼のソロ作『ジ・イレイザー』に近い。ここに収録された楽曲群の大半は単なる使い捨てでもなければ、『Amok』に収録されなかったシングル曲を求めるファンを囲おうとするものでもないと感じる。しかし、レディオヘッドに関するものの中でもお粗末な部類に入るであろう(最悪のタイトルであることは疑いない)この曲は例外だ。

「There Is No Ice」はトムによる一連のエレクトロニックもののカリカチュアと捉えられるだろうが、秀作リミックス集『TKOL RMX 1234567』にもフィットしたであろう7分に及ぶこの冗長なトラックは、あの「パラノイド・アンドロイド」以降トムが手がけた中で最も超尺の曲となっている。だが『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のB面曲「Where Bluebirds Fly」「I am Citizen Insane」や、『ジ・イレイザー』への収録が見送られた「Iluvya」「A Rat’s Nest」のファンは、トムの実験精神が全開のこの曲を歓迎するかもしれない。




7.「Pink Section」
PolyFaunaアプリでも聴くことができたこのドリーミーなアンビエントトラックは、「Treefingers」「Hunting Bears」「Feral」等、レディオヘッド作品におけるインスト曲と同じ役割を果たしている。『ザ・キング・オブ・リムス』でも使われていた子供たちのおしゃべりのようなサウンドや、古いテープから流れるような荒涼としたピアノのストロークは、やり過ぎな感が否めない「There Is No Ice (for My Drink)」と、アルバムのハイライトである最終曲をスムーズに繋いでみせる。




8.「Nose Grows Some」
『Tomorrow’s〜』が、エイフェックス・ツインの13年ぶりの新作『サイロ』と同じ週に発表されたことには、どこか皮肉めいたものを感じる。『OKコンピューター』以降のレディオヘッドの方向性に絶大な影響を与えたリチャード・D・ジェイムスの大ファンであることを、トムは幾度となく公言している。「エイフェックス(・ツイン)は俺みたいにくだらないエレキギターを使うことなく、まったく新しい地平を切り拓いてみせた。まるで自分たちだけの惑星に生きているかのような彼とそのクルーに、俺は心底嫉妬してるんだ」トムはDazed & Confused誌のインタビューでそう語っている。彼がいう「そのクルー」に最接近した「Nose Grows Some」は、レディオヘッドのシグネチャーサウンドとエイフェックス・ツインの前衛的なエレクトロニクスを融合させてみせる。まるでエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92」のメロウなトラックに、トムがヴォーカルを載せたかのようだ。

「ストリート・スピリット」「ザ・ツーリスト」「Separator」まで、レディオヘッドのアルバムにおける最終曲がリスナーの期待を裏切ったことは一度もないが、今作においてもそれは同様だ。何より重要なのは「Nose Grows Some」が、完成間近と噂されるレディオヘッドの9枚目のアルバムへの期待を大いに膨らませてくれるということだ。






〈リリース情報〉


『Tomorrow’s Modern Boxes』

発売中
ボーナストラックとして初CD化音源を1曲収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10284



『ANIMA』
7月17日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10341


〈ライブ情報〉

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FUJI ROCK FESTIVAL’19
期間:2019年7月26日(金)27日(土)28日(日)
※トム・ヨークは7月26日に出演
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場

オフィシャルサイト:
http://www.fujirockfestival.com


Translated by Masaaki Yoshida

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