ザ・クラッシュ、波乱含みの1982年東京公演を振り返る

1982年撮影のザ・クラッシュ(Photo by Larry Hulst/Michael Ochs Archives/Getty Images)



彼らが到着して間もなく、ストラマーとヒードンはひどいケンカを始めだした。「ジョーと一緒にエレベーターに乗っていたらさ」ドラマーがそのときの様子を振り返る。「あいつが言ってきたんだ。『俺の後ろでお前がキマりまくってるのに、どうやって反ドラッグの曲を歌ったらいいんだ?』って」

その質問に対し、ヒードンは十分な回答を用意することができなかった。まもなくバンドがツアーから本国に戻ると、彼は解任され、クラッシュのオリジナル・ドラマーであるテリー・チャイムズが復帰した。

皮肉なことに、ヒードンが作曲した数少ない楽曲の一つ「Rock the Casbah」(歌詞はストラマーが担当)は、クラッシュのキャリアにおける最大のヒット曲となる。このシングルが電波に乗ってヒットする頃には、彼はすでにバンドを離れていた。後年になってストラマーは、ヒードンの離脱がバンドにとって運命の分かれ目になったと語っている。

「あれが終わりのはじまりだった」彼はそう断言した。「グループがどうあれ、俺たちは4人の化学反応によって機能していたんだ。誰かを別の人間と置き換えようとしたら、代わりが10人がかりだとしても、そこから二度とうまくいかなくなるのさ」

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Translated by Rolling Stone Japan

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