『Kid A』から20年、トム・ヨークの音楽は今も「政治的」なのか?

そもそもトムは『ANIMA』のリリース前、「これまでは政治的な音楽なんて作りたくなかったんだけどね。今やっているのはとにかくそういうものなんだ」と『エル・ムンド』紙にほのめかしている。『ANIMA』リリースの8カ前に発表された映画『サスペリア』のサウンドトラックについてもそれは言えるだろう。映画の舞台の1977年が現代とリンクしているとし、「ファシスト」という単語が使われた“Has Ended”の歌詞は、ドナルド・トランプを念頭に置いて書いたものだと明らかにしている。また同時期には、英国のEU離脱を推し進める(以外に選択肢のない)与党保守党のありさまを強い言葉で非難している。


『サスペリア』サウンドトラック収録曲「Has Ended」

ブレグジットの議論が始まってからこのかた、彼はこれまで以上に政治モードに入っている。それは、トムのTwitterをフォローしたり、彼のインタビューを熱心に読んだりしているファンであればよくわかるだろう。「やつらはみんなをレミングに崖を飛び降りさせるみたいに扱っているだろ」「叫び声をあげている乗客を後ろに乗せたまま、赤バスで崖へ落っこちて欲しくて、あんたに投票した人はいないんだよ」と、現政権の保守党とテリーザ・メイ首相を攻撃し、離脱派の旗振り役で次期保守党党首(=首相)の最有力候補と見られるボリス・ジョンソンについては「馬鹿みたいな髪型をした小さい男が旗を振っている」と表現する。


トムのTwitterより。「叫び声をあげている乗客を後ろに乗せたまま、赤バスで崖へ落っこちて欲しくて、あんたに投票した人はいないんだよ。(中略)“恐怖”というものは21世紀のイギリス首相が使うべき武器じゃない。バスを止めてくれ……今すぐ」

だが、はたして『ANIMA』は本当に「政治的なアルバム」なのだろうか?

さきほども引いたアルバム完成後のCrackによるインタビューでは、「現在の野党の勢力は、2019年のアーティストとしてのあなたに、どのようなものをもたらしてくれますか?」という質問に対して、「直接的にそのことについて書けないから、僕はそれを主題として捉えていない。できることは、怒りや恐怖の感覚や、中途半端な真相に気づくことだ」と答えている。だから、『ANIMA』を直接的に政治的なアルバムとして聴くことはできないかもしれない。

そもそもトムは、『Kid A』の作詞において、言葉をランダムに並べて歌詞を生成するダダイズム的手法を試みていた。『ANIMA』の詞も、はっきりと意味のある内容を読み取れるようなものにはなっていない。しかしここには、これまで以上に攻撃的で、どこか怒りが滲んでいるように感じられるフレーズが並んでいる。

「君に面と向かって無礼な態度を取らなくては」
「それじゃ君のパーティがしらけていく様子を眺めることにするよ」(“I Am a Very Rude Person”)

「黒蜜(甘ったるいお追従の言葉や態度)に浸かっている僕」(“Not the News”)

「こういう時に分かるんだ/誰が本当の友達なのか」(“Runwayaway”)。

「金を見せびらかして/裕福なゾンビとパーティを楽しんで/ストローでそいつを吸い込むんだ」(“Traffic”)

「こういう時」はEUからの離脱投票を、「ストローでそいつを吸い込む」はボリス・ジョンソンが以前コカイン使用を認めた、という話題を思い起こさせる(参照:BBCジャパン)。いずれにせよ、『ANIMA』で歌われる“you”や“I”に、近年トムが怒りの矛先を向けている政治家や権力者の名前を代入しても違和感がない――そう考えるのは、あまりにも深読みしすぎだろうか?




かように『ANIMA』は、現在のトムのモードや問題意識を直接的/間接的に届ける作品であると共に、レディオヘッドも含めたキャリアを引き継ぎながら更新し、総括するような作品になっている。つまり、トム・ヨークという音楽家・表現者の「今」を伝えつつ、透徹した美学や思想に貫かれているのが『ANIMA』というアルバムなのだ。

繰り返しになるがトムの音楽は、世界のありようとトムというの個人の摩擦が生むディスコードのようなものである。独立独歩の音楽家の2019年における軋みが、『ANIMA』には確かに刻まれている。



〈リリース情報〉


トム・ヨーク
『ANIMA』

7月17日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10341


〈ライブ情報〉

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FUJI ROCK FESTIVAL’19
期間:2019年7月26日(金)27日(土)28日(日)
※トム・ヨークは7月26日に出演
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場

オフィシャルサイト:
http://www.fujirockfestival.com

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