小さな町のベーカリーと地元大学が衝突、保守派とリベラルの代理戦争に

米オハイオ州オーバリンにあるGibson’s Bakery(Photo by Dake Kang/AP/Shutterstock)



「政治的」かどうかではなく「善悪」の問題

ローリングストーン誌のメール取材に答えたGibson’s Bakery側の弁護士リー・プラカス氏は、今回の裁判をリベラル思想が過熱しすぎた例だとみる風潮に異を唱えた。「最初から、我々は今回の裁判が政治的な問題ではなく、善悪の問題なのだと言い続けてきました」とローリングストーン誌に述べ、判決後ギブソン家の元には「左右いずれの側からも」次々声援が寄せられたと述べた。

だが、裁判の関係者全員が同じようなメッセージを受け取ったわけではない。少なくとも、裁判の記事では他人の不幸をあざ笑う風潮が多分に見られ、右派の批判の矛先は左派のみならず、高等教育全般にまで向けられた、とオーバリン大学のアンバー学長は言う。「正直なところ、今回我々の身に起きたのは、前々から存在が知られていた視点が浮き彫りになったということです」とローリングストーン誌に語った。「一部のメディアにとっては、彼らが(常々)思い描く高等教育の一例なんです」

まさしくその通り。全米大学協会のリン・パスケレイラ会長は、社会全体における教育機関に対する「大衆の急激な信頼低下」という視点から判決をとらえるべきだと言う。高騰し続ける学費や学生ローン危機によって、カレッジや大学を隔絶された特権社会と見る見方が生まれた。毛沢東主義並みの集団思考や「エリート主義」、大学外部の人間の考えを「頭ごなしに批判する」風潮を助長するゆりかごなのだ、と。

多くの点で、オーバリン大学はこうした見方に「完璧なカモ」だとパスケレイラ会長は言う。リベラルを信条とする政治的に活発な学生組織があることで、左派寄りの大学に対する保守派の反感をあおる格好の餌食となった。こうした理由から、ブライトバート紙やデイリーワイヤー紙のような右派メディアがここぞとばかりに、ふだんなら全国ニュースはおろか、大学新聞にも載らないような地元のいざこざを取り上げた。2015年、構内のカフェの文化的適正を問う抗議運動しかり(チャバタを使ったバインミーが問題視された)、2013年のKKK目撃事件もしかり(のちに、毛布をかぶった学生であることが判明した)。

オーバリン大学の立地も、大学の政治思想に対する右派の見方に大きな影響を及ぼしている。Gibson’s裁判が行われたロレイン郡は、政治思想によってきれいに二分されている。2016年の大統領選挙では民主党が勝利したが、その差は100票弱だった。住民の84%以上は白人。まさしくベーカリーの裁判でも、1人がヒスパニックだったのを除けば、陪審員はみな白人だったとオーバリン大学の広報は指摘している(プラカス弁護士は、別の陪審員はマルチレイシャルだったとして、これに異を唱えた。人種が評決に影響を及ぼしたかという質問に彼は、「法廷で示された事実からオーバリン大学に不利な判決が導きだされたのであり、陪審員の人種のせいではありません」と答えた)。


リー・プラカス弁護士と、ギブソン家のメンバー(Photo by Bruce Bishop/Chronicle-Telegram/AP)

Translated by Akiko Kato

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