小さな町のベーカリーと地元大学が衝突、保守派とリベラルの代理戦争に

米オハイオ州オーバリンにあるGibson’s Bakery(Photo by Dake Kang/AP/Shutterstock)



Gibson’sで「人種差別を目撃した」との証言も

だが、ローリングストーン誌の取材に答えた大勢の有色人種の卒業生は、Gibson’sで買い物中に居心地の悪い思いをしたため、店を避けていたと語った。少なくとも1人、オーバリン大学の職員がこのような証言をするつもりでいた。構内業務サポート学長補佐のクリス・ジェンキンス氏は、抗議デモの最中に学生にピザを奢ったと証言した(ジェンキンス氏は、彼らがデモ参加者だとは知らなかったと主張した)。ロレイン郡の地元新聞クロニクル・テレグラム紙によると、黒人であるジェンキンス氏は証言中少なくとも一度、Gibson’sで「人種差別を目撃した」と述べ、「私も個人的に店内で経験があります――」と自らの体験談を話し始めたが、ギブソン氏の弁護団が遮った。

ベーカリーを弁護する中で、プラカス氏は有色人種の学生がGibson’sに異議申し立てをした公式記録がひとつおない点を指摘。警察の調書によれば、2011年から2016年までGibson’sで逮捕された万引き犯のうち80%が白人で、黒人は15%だったと述べた。この内訳は実際の町の人口構成とほぼ一致している(2017年、オーバリン大学新聞グレイプ紙の記者は、この数字は不正確ではないにしても不完全だと主張した。未成年の逮捕者も勘定に入れると、万引き逮捕者全体に占める有色人種の割合は32.5%に跳ね上がる)。

だが、最近オーバリン大学を卒業し、抗議デモにも参加したキャオメロン・ダンバー氏は、異議申し立てが公式記録にないのはある意味当然だと言う。人々がこうした反応を示すのは「アメリカ史における反黒人差別と同じように、たいていは誰も異議申し立てをしません」と、彼はローリングストーン誌に語った。「ただ、店に行くのをやめるんです」

もちろん、民事裁判の争点はGibson’sでの人種差別が正当か否かではない――ポイントは、大学またはその代表者が、Gibson’sに対する不買運動を直接支持した、あるいは抗議デモに参加したか否かだ。

だが、学生がコマとなって大学の前衛的な政治思想を実行に移したという考えに対しては、オーバリン大学の学生が一斉に反論している。「私が思うに、最大の誤解は大学が抗議デモを組織した、あるいは扇動したという見方です」と言うのはオーバリンレビュー紙のカーペンター編集長だ。「学生らがとった行動はすべて完全に彼らの意思によるもので、彼らは今後も自分たちのしりぬぐいは自分たちでしていくつもりです」 ダンバー氏も同意見で、そもそもデモの際、大勢の学生が大学側は不買運動をちっともサポートしてくれないと非難していたし、2017年初頭に大学がGibson’sとの取引を再開した時には多くの学生が幻滅した。「学生は大学の手先じゃありません。一般企業の社員とは違うんです」と彼は言った。

だがさらに広い視点で見れば、高等教育と言論の自由を訴える人々の間では、今回の判決がいわゆる「社会正義の戦士」に対する右派の反感感情をあおるのでは、という不安と同時に、他の大学の学生運動に前例を作ってしまうのではないか、という懸念が広がっている。「オーバリン裁判で、大学関係者はますます悩みが増えるでしょうね。彼らはトランプ大統領が最近発動した、大学での言論の自由保護を義務付ける大統領令と、大学を法的責任から守るという信頼問題との間でバランスをとらなくてはいけないのです」とパスケレイラ会長も言う。「一部大学の学長の間では、今回の判決が言論の自由に恐るべき影響を及ぼし、学外で抗議活動を行う学生の安全確保がますます難しくなるという懸念も持ち上がっています」

判決がそうした効果を及ぼすかどうかという質問に対し、プラカス氏はかなり懐疑的だった。「オーバリン大学は学生の言論の自由のために訴えられたわけではない、という点に留意しておく必要があります。代わりに、陪審は全会一致で、オーバリン大学がGibson家の名誉を傷つけたと判断したのです」とプラカス氏。「この国で我々にはあらゆる重大な権利を与えられたと同時に、あらゆる重大な責任も課せられているのです。名誉を傷つける発言は、憲法修正第1条の保護対象とはなりません。不用意に発した発言は、不用意に発砲された銃弾と同じぐらい危険なのです」

だがこうした効果はすでに、ある程度広がりつつある。例えば、ウェズリアン大学の分子生物学の教授は、自分を性犯罪者だと糾弾するビラの配布を、大学が学生たちに許可したとして、大学側を名誉棄損で訴えた。マイケル・マカリアというこの教授は、大学は学生がビラをプリントアウトできるよう学内のプリンターやコピー機の使用を許可したことで、名誉棄損に手を貸し、容認したと主張している。Gibson’sが先の裁判で展開したのと同じ主張だ。

とどのつまり、判決はほぼ間違いなく、オーバリン大学特有の人種的、経済的圧力が合いまった結果となったものの、それが潜在的に暗示することは大学という枠をはるかに超えるだろう。今回の判決を政治的正義や社会正義の戦士に対するささやかな勝利として称える保守派のほとんどは、こうした暗示を考慮に入れていなかったようだ。大学は学生の抗議デモに介入し、名誉棄損に発展しうる発言を禁じる義務がある、という意見は、いずれの側にとっても良い兆しとは言えない、とアンバー学長は言う。「政治的思想やイデオロギーに対する人々の不満が裁判で懲罰的損害賠償の対象となるなら、保守派も警戒するべきです」と彼女は言う。「なぜなら次は、保守派が重要視する発言(が裁判にかけられる)かもしれないのです」

Translated by Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE