フジロック現地レポ トム・ヨーク、進化し続けるソロワークの現在地

『ANIMA』のレコードにのみ収録の「(Ladies & Gentlemen, Thank You for Coming)」を経て、中盤では、トムが音楽を手がけた映画『サスペリア』のサントラより不穏なドゥーム「Has Ended」でWHITE STAGEを呪術的なムードに染め上げ、AFPのアルバム『AMOK』(2013年)からも表題曲「Amok」を披露。そもそもAFPは『The Eraser』の音源を血肉化するために生まれたプロジェクトだったが、こうして再びトムのソロへと還元されていくことで、文字通り曲が進化/深化し続けていく点も興味深い。そのトムがギターを弾く際は、ナイジェルがベースを手にするなど、彼らのスタジオ・ワークを覗き見するような「タネ明かし」が散りばめられている点もライブならではのポイントだ。また、タリクがリアルタイムで演出する超高解像度なVJも主役級のインパクト。皆既日食や人の目玉にも見える円、魚にも微生物にもUFOの大群にも思える有機的な光、星座や月面にも似たアブストラクトな映像など、抽象画のごときビジュアルの連続が観客のイマジネーションを強烈に刺激する。


Photo by Kazushi Toyota

本編終盤は『ANIMA』からの楽曲が中心となり、ミニマルでどこかホラー・チックな「Not the News」、『Tomorrow’s Modern Boxes』で唯一の選曲となった「Truth Ray」、リズムパターンのズレとエコーのかかった声が浮遊感をもたらす「Traffic」、子どもたちの声やヴォーカル・チョップを取り込んだ「Twist」、美しい生ピアノに乗せて一語一語を噛みしめるように歌う「Dawn Chorus」といったナンバーが、深夜の疲労&眠気も相まって全身に染み渡ってくる。ファンの間で話題となった『ANIMA』のプロモーション広告には “あなたが忘れてしまった夢を思い出させてあげましょう”というキャッチコピーが添えられていたが、夢と現実の狭間をたゆたうような時間帯と環境でトム・ヨーク・トゥモローズ・モダン・ボクシーズのサウンドスケープを浴びるというのは、この上なく贅沢な体験だった。

アンコールでは再度AFPの楽曲「Default」と、そのバンド名の由来にもなった「Atoms for Peace」が演奏され、トムからのメンバー紹介と共にクロージングへ。いつまでも鳴り止まない歓声に応えるように(もともと予定されていた可能性もあるが)、奇跡のダブル・アンコールも実現。『サスペリア』のオープニングとエンディングで流れる「Suspirium」の息を呑むほど深淵なピアノの旋律が苗場の森に響き渡った瞬間は、間違いなくこの夜のハイライトだろう。彼らがステージを後にする頃には、時計はもう23時35分を回っていた。

ちなみに開演前、現代音楽ともノイズとも受け取れるSEの隙間に聞こえる微かなサックスの音色をShazamで拾ってみると、ウェストコースト・ジャズの第一人者=デイヴ・ブルーベック・カルテットの「Koto Song」が確認できた。『キッドA』制作時のトムがチャーリー・ミンガスにのめり込んでいたのは有名なエピソードだが、ブラッド・メルドーやロバート・グラスパーら現代ジャズ・シーンからレディオヘッドが高く評価されている点を鑑みると、もしトムの気分が再びジャズに向かっているのだとしたら、我々リスナーにとっても面白いことになりそうだ。しかも、2020年は『キッドA』と『アムニージアック』がリリース20周年を迎える。この夜のステージは、あらゆる意味でトム・ヨークの、そしてレディオヘッドの今後の動向を示唆していたのかもしれない。



Rolling Stone Japan

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