シーアの知られざる波乱万丈人生、どん底から這い上がったポップスターの歩み

筆者とシーアの出会いは2011年上旬まで遡る。ロサンゼルスのエコーパーク付近でご近所同士だった私たちは、当時はどちらもあらゆる中毒と無縁だった。彼女の幼児を思わせる快活さは、その頭の回転の速さとは対照的だった。当時、私は彼女のことを「過去の人」だと思っていた。何年か前に「Breathe Me」がHBOの『シックス・フィート・アンダー』に使われたことで、彼女の名前は一部の人間には知られるようになっていた。しかし私たちが知り合った時、彼女はMurphyのベッドと路上で拾った家具を並べたアパートに住んでいた。

その数年後、フランスのDJデヴィッド・ゲッタのヒット曲「タイタニウム」を共作したことで一気に有名になった彼女は、エコーパーク付近のより裕福なエリアに一軒家を購入した。自宅のキッチンで彼女が今後のプランについて語ってくれた時のことを、筆者はよく覚えている。「アルバムを出すけど、顔は一切出さないつもり。巨大なボブのウィッグで顔を覆うの」短いながらも過去に名声を経験していた彼女は、それが自分には向かないことを理解しており、近所のスーパーで声をかけられるような状況を望んでいなかった。私は心の中で、何てくだらないアイディアなんだろうと思った。顔を出さずにポップスターになんてなれるわけがない。写真だって既にインターネット上に出回っている。それに筆者には、そのアイディアがキザ以外の何物でもないように思えた。


ロサンゼルスのCicadaで行われたSpotify主催のパーティーに出席したミッシー・エリオット、ケイティ・ペリー、シーア 2016年(photo by  Kevin Mazur/Getty Images)

しかしそのアイディアは、彼女が思っていた以上の結果を生んだ。Instagram Storiesによってオーディエンスが憧れのアーティストと直接やりとりができるこのご時世において、顔を出さないという彼女のスタイルは傲慢にさえ思えた。しかし抗い難くキャッチーな楽曲、そしてウィッグのインパクトによって、シーアは時代のアイコンとなった。

9月には彼女がディプロとシンガー兼プロデューサーのLabrinthと結成したスーパーグループ、LSDのデビューアルバムがリリースされる。さらに彼女は先日、これまでで最も困難なプロジェクトに着手した。彼女の初監督映画『Music』は、2019年に公開が予定されている。ミュージカル映画となる同作では、「シャンデリア」のミュージックビデオでダンサーを演じた15歳のマディー・ジーグラーが、ケイト・ハドソンが演じる素面でドラッグを売買する姉と暮らす自閉症の少女に扮する。自分という存在の発見と家族との絆、それは彼女の人生における2大テーマであり、その物語を描くことは彼女にとって大きな意味を持っている。しかし、それが世間から単なる自惚れとみなされる可能性を孕んでいることを、彼女は十分に理解している。心のどこかで彼女は、既にそのことを後悔している節もあるという。だがもう一人の自分は、それが侵さねばならないリスクであると信じている。「この業界に生きる人の大半は、同じことを何度も繰り返すことを強要される。それが世間から求められていることだから」彼女はそう話す。「私はこのプロジェクトで、誰よりも自分自身をエキサイトさせたかったの。やりたいようにやった上で、世間がどう反応するか見届けようってわけ」

Translated by Masaaki Yoshida

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