フジロック現地取材 クルアンビンを育んだ「異文化」と「ミニマリズム」の源流

クルアンビンのマーク・スピアー(Gt)、クルアンビンは28日(日)、フジロック3日目のFIELD OF HEAVENに出演した。(Photo by Kazushi Toyota)

フジロック3日目、FIELD OF HEAVENの大トリを飾ったのはクルアンビン。タイ語で「飛行機」という意味を持つこのユニークなバンド名を冠した3人組は、60年代〜70年代のタイ音楽を軸足としつつ、アジアやアフリカ、中東、メキシコなど様々な国のエッセンスを取り入れながら、メロウなグルーヴを生み出し世界中に中毒者を続出させている。

今年3月に行われた来日公演も、東京公演はあっという間に完売し急遽「1日2回」という措置が取られるほどの人気っぷり。ここ苗場でも、トルコのミュージシャン、バルシュ・マンチョやアーキン・コーレイにインスパイアされたという、妖美できらびやかなコスチュームに身を包んだマーク・スピアー(Gt)とローラ・リー(Ba)が、ドナルド"DJ"ジョンソン(Dr)の叩き出すタイトでファンキーなリズムとともに、桃源郷のようなサウンドスケープを展開していく姿を一目見ようと多くのオーディエンスが駆けつけていた。

今回RSJでは、本番数時間前にマークへ単独インタビューを敢行。古今東西あらゆる音楽を取り込み、自分たちのオリジナリティに昇華していくそのセンスがどのように育まれてきたのか、シンプルながらも膨大な情報量が詰まったアンサンブルには、一体どんな秘密があるのかなど、時間の許す限り尋ねてみた。

─前日にCRYSTAL PALACEにて行われた「DJセット」では、ライブのレパートリーでもお馴染みYMOの“Firecracker”をはじめ、石黒ケイやナジア・ハッサン、さらにはオレンジ・ジュースまで古今東西、様々な楽曲をスピンしていましたよね。マークのルーツや音楽的趣味を感じさせるものだったのですが、何か一貫している要素はあると思いますか?

マーク:とにかくファンキーなものが好きだね。それはジャンルとしての「ファンク」じゃなくても全然構わない。ロック、ファンク、ソウル、ディスコ、ジャンル関係なく、とにかくファンキーでグルーヴのある音楽に惹かれる傾向がある。とりわけ非英語圏のダンスミュージックというものに惹かれているし、そのあたりを探求し続けているよ。バンドでツアーをやるようになり、世界中の人たちと交流を持つようになってからは尚更そうだね。本当にいろんな影響が混じり合っている。

─もともとはゴスペルが好きで、R&Bベースのバンドをやっていたと聞きました。そんなあなたが、非英語圏の音楽に惹かれたのはどんな経緯があったのでしょう。

マーク:俺たちが住んでいるヒューストンは、とても移民が多い都市なんだ。当然クラスメートにも、移民の二世や三世がいるし、彼らの家へ遊びに行けば、その家で流れている音楽が彼らの母国語の音楽だったり、観ているテレビが母国語の番組だったりするわけで。大抵の友人たちは「親が観てるだけで、面白くもなんともないよ」って言うんだけど、俺にとってはとてもエキサイティングでさ。友人よりも、その親やおじいちゃんおばあちゃんと話が弾むなんてこともあったな(笑)。

あとは民族料理のレストランへ行って、そこで流れているラジオを聴いて「この音楽なんだろう?」と思って調べたり、『Half Price Books』という、中古の本やレコードが売っているお店のインターナショナル・セクションでアナログ・レコードを掘ったり。それでラヴィ・シャンカールのアルバムを見つけて、「あ、これビートルズのレコーディングに参加した人だ」ってなって、聴いてみたらメチャクチャ良かったとかね。好きなレコードのクレジットをくまなくチェックして、「この曲に参加しているこの人は、このレコードにも参加しているのか」みたいに広がっていくこともある。それと、90年代にマイクロソフト社が出していた『エンカルタ(Encarta)』という電子百科事典もかなり役立ったな。それでいろんな国の音楽を調べられたからね。


Photo by Kazushi Toyota

─非英語圏の文化に対してオープンな人と、そうじゃない人っていると思うのだけど、マークが前者のタイプになれたのは何故だと思います?

マーク:君のいう通り、非英語圏の音楽とか全く聴かない人って確かにいるよね。ただ、ヒューストンにはライス大学という私立の名門大学があって、そこのカレッジラジオで学生たちが、カッコつけるために変な音楽をたくさんかけてたんだよ(笑)。それをよく聴いていたのも、様々な音楽を受け入れる素地になったのかなと思う。

で、なんで自分がそういう音楽に惹かれるようになっていったのか、はっきりとした理由は分からないのだけど、おそらく音楽を通じて世界中を旅している気分になれたんじゃないかなと思う。学生の頃はお金もないし、色んな所へ行けなかったから、音楽とそれから料理を通じて色んな国の文化に触れることが楽しかったというか。さっきも言ったように、ヒューストンには色んな国のレストランがあってさ、モンゴル料理の店に行って、家では出てこないような種類の肉を食べたり、タイ料理やヴェトナム料理の店へ行って、毎朝フォーを食べたりしていたからね。

─もともと好奇心が強いんでしょうね。

マーク:そうだね。音楽やフードだけじゃなくて、アートや建築、歴史や地理……色んなことに興味がある。というか、音楽を通して様々な文化を知ることができるよね。例えばオランダの音楽を聴いていると、「オランダってどこにあるんだっけ?」と思って地図で確認するし、デンマークの音楽をきっかけに北欧の歴史を調べることもある。今はなきユーゴスラビアの音楽を聴きながら、「そうか、この国はこの時代に、この国と揉めてたのか」と言う具合に思いを馳せるとかね。

前回の来日公演では、ヒップホップのカバー・メドレーをやっていましたよね。

マーク:やっぱりアメリカで暮らしていると、ヒップホップの影響は大きいんだ。90年代の半ばはMTVが全盛期で、ヒップホップがよく流れていたし、メンバーは全員それを聴いて育っているからね。あと、ライブでツアーを回るようになってからは、その土地の音楽を必ずやろうという話になって。

例えばフランスへ行ったらセルジュ・ゲンスブールをカバーしたり、シカゴだったらフランキー・ナックルズをカバーしたり。そんな感じでニューヨークだったらブレイクビーツ、ロスだったらウェストコーストのヒップホップとかやっているうちに、気づいたら古今東西のヒップホップ・メドレーが出来上がっていたんだ。で、そこにちょっとR&Bとか、知る人ぞ知る曲なんかを混ぜてみる。そうすると音楽ツウは「おお!」ってなるし、他の人たちも「え、これかっこいいじゃん」ってなってくれるからさ(笑)。

Translated by Yuriko Banno

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