米大統領選密着ルポ アンドリュー・ヤンによる奔放な選挙活動の内幕「私はネットの申し子」

「自由の分配」の不完全さを指摘する声

筆者の参加したほとんどの選挙イベント会場でも無料配布されていたヤンの著書『The War on Normal People』では、彼の持論がより詳細に語られている。しかし同時に、多くの疑問も湧いてくる。著書の中で彼は、自由の分配は「既存の福祉制度のほとんどに代わるだろう」と書いている。しかし直接彼に質問をぶつけてみると、自由の分配は既存の社会保障制度をぶち壊すためのトロイの木馬でない、と否定した。ただし、食料配給券、貧困家庭向け一時援助金、住宅助成金などの支援を受けている人々が月1000ドルを受給することで、それら支援プログラムは縮小できると彼は主張している。「最終的に既存の社会保障制度を完全に廃止できるだろう、などと考えても意味がありません」と彼は言う。「社会保障制度の利用者が30%減れば、将来的には官僚政治も適宜対応してくれるのではないでしょうか」

ヤンが著書で主張している内容は、トランプの当選や白人ナショナリズムの台頭は経済的な不安が主な要因だったと考える人々とほとんど同じだ。著書の一節に「南部連合のシンボル撤去を巡り2017年にシャーロッツビルで発生した暴動もまた、経済的混乱が原因の一端を担っていると言える。デモ隊に自動車で突入し若い女性を轢き殺した運転手は、オハイオの経済的に衰退した地域に居住する男で、陸軍を除隊させられた経歴を持つ」とある。彼の記述は全て事実なのだが正確を期すために言っておくと、デモに参加していたヘザー・ヘイヤーを轢き殺したジェームズ・フィールズ・ジュニアはネオナチであることを公言し、かつてナチスドイツのダッハウ強制収容所を訪れた際に「奇跡の起きた場所だ」とコメントしたような人間である。

ヤンの主張するオートメーション化問題、AI、最低所得保障制度に関して、何人かのエコノミストの意見を聞いたが、皆口々に彼の理論の不完全さを指摘ししている。見当違いとまでは言わないが、今後の展開に関する考えや見通しが不十分だという。米経済政策研究センター(CEPR)の共同設立者で2007〜2008年の世界金融危機を予言したディーン・ベイカーは、ヤンによる警告は「現実と180度食い違っている」と指摘する。徹底的なオートメーション化が仕事を奪ったとしても、生産性は急激に向上するだろう、と彼は言う。しかし現実に我々は、生産性の伸びが低い時代を乗り越えようとしているのだ。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムも担当するエコノミストのポール・クルーグマンは、オートメーション化に関するヤンの主張には「データによる裏付けが全く無い」とツイートしている。例えばドイツなどハイレベルのオートメーション化が進む他の国々では、広範囲に渡る失業問題など発生していない点も、ヤンによる主張の弱さを露呈している。

ノーベル経済学賞を受賞したエコノミストのジョセフ・スティグリッツは、オートメーション化は「重大な関心事」としつつも、化石燃料からの脱却や米国における深刻な所得格差への取り組みの重要性に比べれば足元にも及ばない、とコメントした。さらに、労働者に損害を与えるのでなく支援するためのイノベーションを推進する政策を政府が打ち出す中で、人力からテクノロジーに置き換わるのは当たり前のことである、とも指摘している。

Translated by Smokva Tokyo

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE