2019年ロック最大の衝撃、ブラック・ミディの真価を問う

ボアダムズとオルタナの復権

─ふと思ったんですけど、音楽シーンのフロントラインやニューカマーについて語るときに、ディス・ヒートやボアダムズに言及することって随分なかった気がしませんか。ひと昔前まではあんなに神格化されていたのに。

天井:そうなんだよね。ボアダムズが海外バンドにリスペクトされて云々みたいな話、なんか久しぶりに聞いたなーっていう(笑)。


ボアダムズの1994年作『Chocolate Synthesizer』収録曲「Tomato Synthesizer」

─たぶん、『STUDIO VOICE』が2008年3月号に「次世代オルタナティヴ・ミュージック・ランキング100!」という特集を組んだ頃がピークで、それから長いこと“オルタナ”とか“ウィアード”みたいなのは蚊帳の外だった気がするんですよね。そこも風向きが変わってきたのかもしれない。遡ってみると、2000年代のブルックリンにはボアダムズ・チルドレンがたくさんいたわけですけど。

天井:ブラック・ダイス、即興をやってた初期のギャング・ギャング・ダンス、あとはライアーズがクラウトロックに接近した2ndアルバム『They Were Wrong, So We Drowned』(2004年)とかね。あの過激さがUKで隔世遺伝的に芽吹いたのがブラック・ミディである、とも言えそうな気がして。

─というと?

天井:あの頃のブルックリンにあった実験精神や折衷性を、UK側も数年遅れでキャッチした。2000年代後半のUKで起こったニュー・エキセントリックにはそういう背景があったと思うんです。代表的なところでいうとフォールズ、ジーズ・ニュー・ピューリタンズとか。ただ、あの世代って今思えばちょっとマイルドだった気もするんですよね。先行していたフランツ・フェルディナンドやブロック・パーティのようなポップなテイストも継承していたから、そこまで先鋭的になりきれなかった。





─たしかにそうですね。

天井:それに、ニュー・エキセントリックはバンド主体のムーブメントでしたけど、エロール・アルカンのようなDJや、ディジー・ラスカルなどのグライムとのリレーションシップもあったんですよね。でも、さっきも話したように、ブラック・ミディの音にはクラブ・カルチャーとの繋がりが感じられない。彼らの地元のサウス・ロンドンは、トム・ミッシュやロイル・カーナーなどに代表されるヒップホップやR&Bのシーンがむしろ身近にあるにも関わらず。

─同郷/同世代のコスモ・パイクやプーマ・ブルーは、キリキリした緊張感にポストパンクやスティーヴ・アルビニの影響を感じる部分もありますが、ブラック・ミディは彼らよりも混沌とした“オルタナ”に振り切ってますよね。『Schlagenheim』の1曲目「953」を聴いて、「歪んだギターがこんなに気持ちいいの、いつぶりだっけ?」と思ったんですよ。Spotifyではギターが鳴った瞬間にスキップされると言われるなかで、まるで暴走するように鳴っている。

天井:しかも、バンドの演奏がきちんとデザインされてますよね。

─そうそう、ダサくないんですよ。ただ闇雲にフリークアウトしているわけでもない。

天井:例えばボアダムズを参照するにしても、さっき挙げたブルックリン勢はノイズやトライバルなパーカッション・サウンドに惹かれたのに対し、ブラック・ミディの場合はele-kingのインタビューで「エディットの仕方がデジタルでプツプツとしていてその組み合わせが面白いと思った」と語っているように、テクスチャーやプロダクションのほうに関心が向けられている。即興は好きなんだけど、「曲作りというものはこういうものだ」っていうのも学んできたんじゃないかな。その辺のバランスが取れた世代って感じがします。



プーマ・ブルーが2018年に発表したシングル「Moon Undah Water」

─あとは制作陣の手腕も大きいんですかね。『Schlagenheim』でプロデューサーを務めたダン・キャリーは、リリー・アレンやCSS、ホット・チップに携わったあと、フランツの3rdアルバム『Tonight』(2009年)で頭角を表した人物で。もともと電子音を交えたダンサブルなサウンドを得意としつつ、サイケ系のバンドも手がけ、近年はゴート・ガール、フォンテインズDC、そしてブラック・ミディと生々しい音作りがむしろ際立っている。

天井:ダン・キャリーはフランツを手がけたのと同時期に、ブルックリンのイェーセイヤーをプロデュースしたり、昔から横断的な視点を持ってますよね。あと、彼はSpeedy Wundergroundという7インチ専門のレーベルも運営していて。ブラック・ミディもここからシングルを出しているように、UKの若手を積極的に送り出しているんですよ。

─ここにきて話題作に次々と絡んでいるのも、そういう環境やコネクションがあるからなんでしょうね。

天井:そうそう、ダン・キャリーがこの界隈のキーマンなんだと思います。Speedy Wundergroundは本当に面白くて。個人的に注目しているのが、ポストパンクに加えてスリントやアンワウンドみたいなスローコアのテイストも感じさせるBlack Country, New Road。メンバーがアンダーワールドの最新プロジェクト『DRIFT』シリーズに参加していたりと、これからもっと注目されるんじゃないかな。


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