ジェイ・ソムが語る傑作『Anak Ko』の背景、フィリピン人女性としてのアイデンティティ

ジェイ・ソム(Photo by Kana Tarumi)

2019年のフジロックに出演したJay Som(ジェイ・ソム)が、ニューアルバム『Anak Ko』を8月21日に日本先行リリースした。2019年のUSインディーロックを代表する傑作を掘り下げるため、フジロック明けの月曜日、『WIRED』日本版前編集長(現・黒鳥社)で音楽ジャーナリストとしても活躍する若林恵が都内某所でインタビューを行った。

2017年の『Everything Works』で一気にインディポップシーンの注目株として世界中に名を知らしめたジェイ・ソム。名前の響きからして韓国系かと早合点していたら違った。「ジェイ・ソム」の名は、自分の名前を入れるとウータンクラン風の名前を弾き出してくれる「ウータンジェネレイター」を使って決めたそうで、そう言えば「チャイルディッシュ・ガンビーノ」の名前もたしかウータンジェネレーターでつけたものだったような。本名はメリーナ・デュテルテ。ラテン語ぽい響きからヒスパニックかと思ったらこれも違って、ルーツはフィリピンだった。

文字通りベッドルームでつくられたベッドルームポップの旗手のサウンドは、このジャンルのお手本とも言えるようなDIY感溢れるものなのだけれども、星の数ほどいるベッドルームアーティストのなかにあって、彼女の音楽はなぜか際立っているように思えた。最初に知ったのは「The Bus Song」という曲だった。なんといってもタイトルがいい。ジャケットもオシャレ。けれども、いかにも「オシャレでござい!」なあざとさはない。音にも歌詞にもアートワークにも、彼女ならではの景色と色味と詩情がある。のだけれども、それが一体どこから来るものなのかがよくわからない。ベッドルームポップにありがちな自意識過剰も不思議と感じさせない。

最新作から最初に配信されたのは「Superbike」という曲で、聴いた瞬間、このアルバムは傑作だと思った。じゃらんじゃらんと鳴るギターの上を滑っていく幸福感たっぷりのメロディ。サウンド自体は前作の延長線上にあれど、見えてる景色が格段に広く高くなっているような。そして歌のパートが終わって曲も終わりかと思いきや、後半にさらにエモいインストパートがやってきて、それはそれは素敵な景色が見渡せる。この曲が公開されてから一体何回再生したか。そして聴くたびに空を見上げてしまったのはなぜだろう。



というわけで、アルバムのリリースを心底心待ちにしていた。楽しみすぎて聴きたくない、というほど楽しみにしていたので、聴くのをできるだけ遅らせようとした。取材のアポが入り、メディア向けの音源が送られてきても長らく放置していたのだが、結局聴きたい気持ちに勝てず聴いてしまった。本当は聴かないまま取材に赴こうかと思ったくらいだったのだが、やっぱり誘惑には勝てなかった。

彼女の不思議なところは、音からあまりパーソナリティが見えてこないところなのかもしれない。人としてどういう感じなのか、取材直前までうまくイメージできていなかった。実際に会ってみるとちょっと乱暴でぞんざいな感じが、アーティストっぽいというよりは裏方っぽい雰囲気で、彼女がオーディオプロダクションの仕事に強い興味をもっていることを聞くと、とても合点が行く。けれども、それは職人気質ということでは必ずしもない。彼女には、何か特別な歌ごころが宿っていて、それは、でも、ことばにすることがなんとも困難なものなので、せっかく本人に会う機会をもらえたのだから本人に聞いてしまえと臨んだ取材ではあったのだけれど、読んでいただく前にこう言うのもなんだが、結局、それをうまく捕まえることができなかったように思う。インタビュー下手くそ。申し訳ない。

けれども、アルバムは本当に素敵な傑作なのだ。ぜひアルバムを聴いていただきつつ、自分だったら本人にどんな質問をしただろう、なんてことを自分なりに考えていただくといいかもしれない。それはきっと、ジェイ・ソムという稀有なアーティストの、より深い理解につながるはずだ。以下のインタビューはそのたたき台くらいで読んでもらえると幸いです。

では、早速。


─新しいアルバムが楽しみすぎて、オンラインでマーチャンダイズ買っちゃいました。靴下、めっちゃ可愛いですね。

ジェイ・ソム(以下JS):ありがとう(笑)。

─マーチャンダイズのデザインは、ジャケットと同じ人ですよね。

JS:そう。マリア・メデムっていうアーティストで、彼女のイラストをインスタで見て、いいなと思ってコンタクトして、新しいアルバムのジャケットを描いてくれないかってお願いした。

─いいイラストですよね。ディレクションのようなことはしたんですか?

JS:彼女の作品集に『CENIT』っていうのがあって、そのなかに空手をやってるキャラが出てくるんだけど、私も子供の頃に空手をやってたから、自分みたいだなって思って。

─空手やってたんですか?

JS:そう、黒帯。なので、空手やってる人を描いて欲しいってお願いした。

─空手やってるキャラっていうのは、もちろんアルバムのコンセプトとなんらか関係があるんですよね。

JS:うーん。ないかな(笑)。

─あれ。

JS:なんかキレイだし素敵だなと思って。愉快な感じもあるし。空を蹴ってる感じとかもいいじゃない。


『Anak Ko』のジャケット

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─キレイですよね。これ夕焼けなんですかね。

JS:夕焼け。アルバムの制作のために1週間くらいジョシュア・ツリーっていう場所に籠ってて、ロサンゼルスからクルマで6時間くらい行った沙漠地帯なんだけど、そこの景色にそっくり。

─ジョシュア・ツリー、いいですね。なんでジョシュア・ツリーだったんですか?

JS:前作が出たあと、オークランドからLAに引っ越したんだけど、都会はやっぱり気が散るというか、集中できないことも多いから、AirBnBで家を借りて、そこでギターとベースとドラムを録音したりして。

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