タイ国王一世紀ぶりに一夫多妻制を復活か、ネットで話題の「国王夫人」画像が公開

「100年以上も前にさかのぼれば、一夫多妻制には政治的機能がありました」とロース博士はローリングストーン誌に語り、1人の男性が複数の女性を妻に娶るという一夫多妻制の一例を挙げた。東南アジアの広大な地形を考えると、王が複数の配偶者を持つことは、異なる集落を王国の統治下におくひとつの手段だった。「セックスが目的ではありません。堕落でもありません。堕落がなかったとは言いませんが、重要な政治的目的を担っていたのです」と博士。

側近がこうした本来の政治的目的を果たしたのは20世紀初頭、ラマ5世の治世が最後だ。ラマ5世には150人以上の側室がいたらしい。だが正確には、正式な側室を迎えて一夫多妻生活を送った最後の王はラマ6世だった。ロース博士によれば、ラマ6世はゲイだったとの噂もあり、晩年2人目の妻と結婚したが、1925年、王の生涯と同時に結婚生活も終焉。結婚は、後継ぎとなる男児を生ませるためだったという。

現時点で、シリーナート少将の国王夫人としての公務の詳細は分からない。だがロース博士いわく、国王夫人の実際の役割よりも、写真公開がもたらした効果のほうが重要だという。「国王は非常に大胆な方法で、自分が一夫多妻の王であることを宣言しているのです」と博士は説明する。

タイ国王がおよそ1世紀ぶりに国王夫人を任命した、その理由も謎だ。だがリース博士は、タイの厳格な不敬罪を指摘した。王族について語ることを禁じ、違反した場合は1回につき最高15年の禁固刑を科す、情け容赦ない政策だ。言い換えれば、国王が国王夫人を任命した理由を知る者が内部にいたとしても、好き勝手にしゃべるわけにはいかないのだ。

だが明らかなのは、シリーナート少将の型破りな写真は、何らかの意図があって公開されたということだ。「あの写真は、今日よく見る王室の写真撮影の大部分と同じタイプです」と、ニューヨーク州立大学バッファロー校でアジア研究講座を担当する特任助教授、アマンダ・ケンネル博士は言う。「イギリス王室のケンブリッチ侯爵夫人、キャサリン王妃がよく使う手法です。気取らない写真で、国民に親近感を抱いてもらうんです……国王夫人の称号を授けた直後に数々の写真を公開したのは、シリーナート・ウォンワチラーパック少将を国王夫人として国民に紹介するためだったのでしょう」

今現在、イスラム圏には一夫多妻制を敷く王国もいくつかあるとリース博士は言う。だが、その場合は歴代タイ王室の国王夫人とは役割が異なる。世界のほとんどの国では、君主が合法的に複数の妻を娶るという体制が取られていないことから、マハ・ワチラロンコン国王は一種の意志表明として写真を公開したのだろうとリース博士は言う。「これもタイ政治の伝統のひとつだと国王は主張しようとしているのでしょうが、そうした伝統の中で一夫多妻制が果たした役割とは完全にかけ離れています」と博士は説明した。


Translated by Akiko Kato

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