BJ・ザ・シカゴ・キッドが明かす、カニエからケンドリックまで求める「声」の秘密

今年8月、ビルボードライブ東京で来日公演を行ったBJ・ザ・シカゴ・キッド(Photo by Yuma Totsuka)

BJ・ザ・シカゴ・キッドの声は今日のシーンにおいて、様々な文脈を横断しながら広く求められている。ケンドリック・ラマー、ラプソディー、チャンス・ザ・ラッパー、フレディ・ギブス、スクールボーイ・Q、ケラーニ、ジョーイ・バッドアス、ソランジュ、コモン……これまでに共演してきたアーティストの顔ぶれを見れば、彼のポジションが担っている重要性がよくわかるだろう。

ソウルミュージックの名門モータウンと契約し、2016年にアルバム『In My Mind』をリリース。2017年のグラミー賞で複数の部門でノミネートされ独自の地位を築いた彼は、2019年に新作『1123』を発表。リック・ロス、アンダーソン・パーク、J.I.D.、ミーゴスのオフセットなどの参加もあり、日本でも話題になっている。

なぜ、BJ・ザ・シカゴ・キッドはここまでシーンで必要されているのか。なぜ、彼はここまで必要とされるような「歌」や「声」を手に入れることができたのか。ジル・スコット、アンダーソン・パーク、PJモートンのようなプレイヤー寄りのシンガーからも求められるその歌唱力と高度な音楽性のルーツを訊いた。


この入門編プレイリストでは、BJのフィーチャリング曲も多数セレクトされている。


―あなたは教会のゴスペル・クワイアのディレクターの家族に生まれたので、当然、子供のころからゴスペルとかをやっていたと思うんですけど、あなたにとっての最初のシンガーの先生は誰ですか?

BJ・ザ・シカゴ・キッド(以下BJ):家族だね。叔父はベースを弾いたし、別の叔父はピアノも弾いた、母親も父親も兄弟も歌っていた。祖母はギターを弾いていた。音楽をやらないってことがありえないような人生だったんだ。

―どんな音楽を演奏したり、歌ったりしていましたか?

BJ:もちろんゴスペル。でも、それよりもテレビのCMで流れていた音楽にハーモニーをつけたりね。そういうことを家族でやっているのが日常だったんだ。音楽を通じて、家族で楽しく暮らしていたし、音楽をやりながらみんなで笑って過ごしていたよ。

―子供のころからポップソングにハーモニーをつけられるくらい音楽を理解していたんですね。

BJ:歌えない自分を知らないくらいに物心がついたころから自然に歌っていたし、歌っていない自分は想像できないくらいに歌は自分の一部だったからね。



―歌に関して、レッスンを受けたり、教育を受けたことはありますか?

BJ:家族から最高のレッスンを受けていたんだと思う。どこかでお金を払ってレッスンを受けるより、もっと素晴らしいレッスンを家族から教わっていた。それは子供のころは気付いてなかったんだけど、他の家族やシンガーと仕事をするようになって彼らの話を聞いていると、「あれ、自分は知らない間に素晴らしいレッスンを受けていたんだな」って気付いたんだ。自分たちの家族で楽しんでいるだけって思っていたのが、うちの家族は普通とは違うってことに後から気付いた。今考えてみても、家族から受けたレッスンでベストだったと思うよ。

―ファルセットも美しい、リズム感も素晴らしい、いろんなコラボレーションに合わせていろんな歌い方ができて、どれもハイレべルですが、歌い方に関してはどんなトレーニングが良かったと思いますか?

BJ:子供のころから母親が料理をしている横で皿洗いとかをしなければいけなかったんだけど、僕は皿洗いをしながらいつも母親と一緒に歌ったりしていたし、一人でも歌っていた。一日の中で何かをしながら常に歌っていたんだ。そうやって歌っていると自然にテクニック的に「ここの声の出し方を完璧にしたい」とかそういうディテールにものすごくこだわるようになっていった。そうやってディテールを意識して声の使い方を工夫しながら、自分で様々な歌う方をマスターしていった。

―子供にしてはちょっと意識が高すぎですよね。

BJ:ありがとう。そうかもね(笑)。

Translated by Kana Muramatsu

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