アジカン後藤正文・喜多建介が語るマニック・ストリート・プリーチャーズ

『This Is My Truth Tell Me Yours - 20 Year Collectors' Edition』のアートワークを用いた、マニック・ストリート・プリーチャーズ来日公演のフライヤーより(Courtesy of CREATIVEMAN PRODUCTIONS)



―ある種のアイドル性っていうのは、初期に在籍したリッチー・エドワーズの存在も大きくて、その後の失踪事件も含め、彼のスキャンダラスな言動がバンドの大きな魅力でもあったわけですが、そういった部分に関してはいかがですか?

後藤:僕らがバンドのことを知ったときにはもう3人だったから。今みたいにネットで調べて何でも分かる時代でもないし、「ロッキング・オン」を全部買い直して読むこともできないし、そういうのは後からミッチさんに聞いたんですよね。

喜多:僕らをここ何年か撮ってくれてるミッチ・イケダさんがずっとマニックスを撮ってたので、当時の話を教えてれたりして。僕らからすると、「オアシスとマニックスの、あのミッチさん」って感じ。そういう話でいうと、『The Holy Bible』とかは当時のバンドの緊張感が詰まってて、それに惹かれる部分もありましたね。プロダクションも硬質ですし。

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ミッチ・イケダ氏のInstagramより。上がリッチーも一緒に映った『The Holy Bible』(1994年)、下が三人体制となった『Everything Must Go』(1996年)の時の写真。

―どのタイミングでバンドのことを知ったかは大きいんでしょうね。最初の3作で知った人は、音楽ももちろんだけど、精神性に惹かれた部分は大きいだろうし、4作目以降に知った人は、もっと純粋に音楽性に惹かれた人が多いだろうなって。

後藤:そうだと思う。僕らは「曲がいい」とか「歌が上手い」とか、そういう感じだったから。ジェームスのギターはホント上手いしね。クルクル踊りながらあんなギター弾くんだもん(笑)。

―「『The Holy Bible』が一番好き」と言ってたのも、音の面が大きい?

後藤:そうですね。1曲目の「Yes」が好きで。オルタナティブな音に変拍子で、すごくいいなって。最初はウェットなバンドだと思ってたから、「こういうサウンドもやるんだ」って驚いたんですよ。自分の好きな音だなって。それより前の作品はもっとハードロック寄りというか、ヘヴィな感じだし、不思議なバンドですよね。でも、ライブ映像を観ると妙に納得しちゃうというか、どの時代の曲でも、そのときのバンドの身体を通じていいパフォーマンスをしてる。まあ、若い頃は特に意味とかも考えずに聴いてたけど。



―ワーキングクラスの出身で、社会的なメッセージも強いバンドですが、そういう側面も特に気にしてはいなかった?

後藤:正直、(歌詞は)全然深掘りはしてなくて。ただ、パーティーバンドみたいな詞じゃないっていうのはもちろんわかってて、ブリットポップの狂騒の中でも、冴えてるバンドというか、社会派というか、キューバに行ったりとかもあったしね(※)。他とはちょっと毛並みが違うというか、そういうのが音像の、ちょっとメラコリックなところと通じてる気もする。

※2001年、カール・マルクスシアターでライブを行い、キューバで初めて演奏する西側のロックバンドとなった。

喜多:何年か前(2016年)にローリング・ストーンズがキューバに行って、すごいニュースになったけど、マニックスのときはそこまで世界的なニュースにはなってなかった気がするから、「マニックスの方が先なのに」って、そのときは思った気がします(笑)。


キューバでのライブ映像

―2011年には『NANO-MUGEN FES』で共演を果たしているわけですが、どんなことが思い出深いですか?

後藤:何が一番嬉しかったかって、マニックスをちゃんと正しい規模で観れたってこと。

喜多:本国と同じ規模感でね。

―横浜アリーナが会場ですもんね。

後藤:ライブDVDとかを観ながら、「絶体アリーナで観た方がいいに決まってる」って思ってましたもん。大きなところで鳴らすことを前提として作られた曲だと思ってたから、実際に観れて「やっぱりこの規模でしょ」って、すごく感動した。もっとパンパンにマニックスのファンが入ってたら、さらによかったんだろうけど。日本ではお茶の間まで知られてるわけじゃないし、もどかしさはあったんですけど、とにかくあの規模で観れたのは嬉しかった。あの後に狭いとこでもやったんだよね?

―新宿のBLAZEでした。

後藤:それはそれで贅沢だけどね。まあ、そういう悩みってずっとあるじゃないですか。来日してほしいけど、日本だとギャラとキャパの摺り合わせが上手く行かない人ってたくさんいる。マニックスはライブハウスの規模で観るのももちろんいいけど、やっぱり大きいところで鳴らしてるのが観たかった。別の年に出てもらったステレオフォニックスとかも、そうだったしね。マニックスは前々年がキャンセルになっちゃってたから、結果的に震災の年に来てくれて、それが嬉しかったのもあった。

―実際に会ってみて、人物像に関してはいかがでしたか?

喜多:打ち上げで話をしましたけど、ジェームスは温かい人でしたね。ニッキーは打ち上げに出ない人みたいで、ショーンもシャイだから、メンバーの中でジェームスだけいたのかな。「ロックし続けろ」みたいなことを言ってくれて、握手をして、でっかくて、温かい手だったなって(笑)。多くは語らなかったですけど、自分にとってはギターヒーローでもあるし、すごく嬉しかったですね。

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