リアム・ギャラガー『Why Me? Why Not.』を考察「ボーカルの進化が導いた新境地」

リアム・ギャラガー(Courtesy of ワーナーミュージック)

リアム・ギャラガーの2ndソロ・アルバム『Why Me? Why Not.』が9月20日に全世界同時リリースされた。「同じことを繰り返すのは俺にとっては一番難しいこと」と語るリアムは、全英チャート1位を達成した前作『As You Were』からどのような変化を遂げたのか。オアシス時代から彼を追いかけてきた音楽ライターの妹沢奈美が本作の全容に迫る。


曲作りと距離をおき「魂を吹き込む」スタイルに

今年でちょうど、オアシスが解散して丸10年となる。解散直後に兄ノエル以外の元オアシス・メンバーたちとビーディ・アイを結成したリアム・ギャラガーだが、2014年にはこのバンドも解散。その後ソロとして2017年にデビュー作『As You Were』をリリースしたことは、まだ記憶に新しい。

バンドのフロントマンが似合うと思われていたロックンロール・スターの、ソロ。しかもデビュー作のプロデューサー陣の筆頭には、グレッグ・カースティンという当代随一の売れっ子の名があり、ジャケット写真はエディ・スリマンが撮影し、そしてリアム自身の手による曲が6曲も入っていた。言うなれば、シンガー・ソングライターとして自らの周りに一流の顔ぶれを集めてソロの第一歩を歩み始めた、とも言えるわけだ。そして、このソロ・デビュー作は商業的な成功を収めている。ちなみに、ソロ・アーティストとして復活するまでの軌跡を描いたドキュメンタリー映画『Liam Gallagher: As It Was』もこの6月にイギリスとアイルランドで公開された(日本では2020年公開予定)。まさに、いい流れが今のリアムにはある。


『Liam Gallagher: As It Was』のトレイラー映像。前作『As You Were』のリード曲「For What It’s Worth」と「Wall Of Glass」がBGMに使われている。

普通の人ならば、ここで調子に乗って、前作の流れで自作の曲をより多く盛り込み、60年代ロックンロールへの愛情をクレッグ・カースティンの手で現代的な軽やかさをまとったバンド・サウンドに昇華した2ndアルバムを作るかもしれない。シングルの出来栄えがものを言うストリーミング時代だからこそ、アルバム単位で曲たちを考える必要もないはずだ。だが、興味深いことにリアムは、高い評価を受けたデビュー作を作ったミュージシャンたちが80〜90年代に必死な思いで直面した「2ndアルバムのジンクスを乗り越える」ことを、どこかで意識したであろう方向転換をここではかった。つまり、アルバム単位で考えて、デビュー作とは異なり、しかもデビュー作とはまた異なる彼のミュージシャンとしての豊かな才能を感じさせる作品として、この『Why Me? Why Not.』を生んでいる。

何しろ本作に、リアムは自分だけで作った曲を1曲も収録していない。全ての曲にリアムの名前がクレジットされているものの、前作同様にプロデューサーとして参加しているクレッグ・カースティンとアンドリュー・ワイアット、そして元Cherry Ghostのサイモン・アルドレッドらとともに全曲が完成している。そしてリアムは、むしろ自らのシンガーとしての資質に意識的に光を当てようとしたかと思えるほど、今作の曲を丁寧に歌っている。リアム・ギャラガーが「丁寧」というのは、語弊があるだろうか。ならば、「魂を吹き込んでいる」と言い換えよう。むろんこれまでのどの曲もリアムは彼の魂を込めて歌っていただろうし、これまでも唯一無二の声を持っていた。オアシス時代を含め、彼の声があったからこそ成立していた曲も数多い。だが、これほど魂を「吹き込む」、曲に命を与えるという意味で、リアムのボーカリストとしての才能を感じさせることは、ついぞなかった。まさに、画竜点睛。(スタンダード盤の)最終曲「Gone」を聴き終わった時、心に残るのは他ならぬ、今の充実したリアムの声だ。



ちなみにストリングスを擁した「Gone」は、ロッカバラード風の曲調からサビに至る際の高まりだけでも見事なリアムの歌声が楽しめるが、なんと、この曲にはリアムの語りも含まれている。ラップではない。語りだ。こんなことはこれまで皆無だったわけだが、全く違和感がない。リアムの語る声が挟まれ、そしてエンディングへと向かっていく。誤解を恐れずにいえば、他の人がこれを歌うと、キャッチーな高揚感と語りとドラマティックなエンディングという三本柱で、お腹いっぱいのやり過ぎ感が生まれてもおかしくない。少なくとも私は、もしこの曲を他の人の声で聴いていたら、ちょっとこれは狙い過ぎではないかと赤面しながら途中でストップ・ボタンを押すだろう。だが、不思議なことにリアムが歌うと、このドラマティックさに嫌味が全くない。それは何故なのだろうとずっと考えているが、わからない。わかるのは、これはリアムの声だからこそ成立する曲だ、ということだ。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE