『ゲーム・オブ・スローンズ』が描いた「対立と分断の時代」を田中宗一郎が分析

『ゲーム・オブ・スローンズ』(提供:BS10スターチャンネル © 2019 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBOR and related channels and service marks are the property of Home Box Office, Inc.)

2010年代屈指のメガ・コンテンツである『ゲーム・オブ・スローンズ』は、ここ10年の世界の何を映し出しているのか?

往々にして優れたアート作品とは、エンターテイメントとしての強度を保ちながらも、時代に対する社会批評としての機能も兼ね備えているものだ。では、「中世ヨーロッパを思わせる架空の世界を舞台に、7つの王家が壮絶な覇権争いを繰り広げるスペクタクル巨編」と紹介されることが多く、2010年代屈指のメガ・コンテンツである『ゲーム・オブ・スローンズ』は、ここ10年の世界の何を映し出しているのか? 音楽評論家の田中宗一郎が分析する。

2010年代の映像コンテンツにおけるファンタジーやサイエンス・フィクションの隆盛は何を意味するのだろうか。ひとつの仮説は、現在の複雑怪奇な世の中を描くにはリアリズムという形式では限界がある、ということだ。少なくとも、常識では起こりえないことが起こる荒唐無稽な架空の世界を舞台装置にすることにはいくつもの利点がある。特に、現実のアナロジーとして今の社会を描き出すのにこれ以上の手法はない。スペクタクルな映像による娯楽性を担保しながら、必要以上にメッセージを前景化させることなく、解釈のための複数のレイヤーを用意することが可能になるからだ。現実逃避のためのエンターテイメントとしてのレイヤーもあれば、2010年代という奇妙な時代に対する社会批評としてのレイヤーもあり、と複数の読みが担保される。

封建社会であり、複数の神と宗教がかろうじて倫理を律している中世的な価値観を舞台にしたこの作品は、現在の世の中が近代以前に退行しつつあることをグロテスクに描いた。非科学的な民族という幻想、血統や家族という制度への拘泥が悲劇の温床であることを、栄誉や富を求めることの醜悪さを、愛という名の執着が正気を失わせることを、迫りくる気候変動を、あらゆる格差の恣意性とそれがもたらす不条理を、重層的に入り組んだ偏見と差別と憎悪を、死と戦争だけが抗するに値する敵だということを、にもかかわらず我々はこれからも争い続けるという未来予想図を描いた。ここでは正しい者が報われ、罪人が罰されるという教訓はない。ここにあるのは現実と同じく不条理と理不尽さだけだ。何よりも登場人物の大半が何かしらの間違いを犯した罪人たちだったことを忘れてはならない。それはこのグローバル化した世界に暮らす限り、誰もが少なからず環境破壊という大罪に手を染めていることのアナロジーでもあるだろう。

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