「ポールは死んだ」音楽業界で最も有名で奇妙な陰謀説の内幕

ポール・マッカートニー死亡説が生まれて50年が経つ


最初、心配事の絶えないビートルズの広報担当者デレク・テイラーは作り話が出てくるたびに無視していた。「まったく、連中はいつだって噂を立てたがる。前にもあった。数日もすれば問い合わせの電話はなくなるよ」と。しかし、このときは違っていた。問い合わせの電話が鳴り止まなかったのである。リチャード・ディレロ著『The Longest Cocktail Party: An Insider Account of The Beatles And the Wild Rise and Fall of Their Multi-Million Dollar Apple Empire(原題)』には、アップルを襲ったこのカオスについての内部告発が記されている。ポールがスコットランドで隠遁生活中の間、テイラーがいつものやり方でゴシップ記事を否定し続けた。「『アンド・アイ・ラヴ・ハー』を作ったポール・マッカートニーは、相変わらずみなさんを愛しているし、相変わらず生きていて、曲のアイデアもたくさんあります。まだ誕生していない曲が何千とあり、やるべきこともたくさんあります」と。しかし、アップルのオフィスでは、テイラーが「民衆は脳みそが死んでいて、連中はここ3年半、ファクシミリを脳みその代わりに使っているという噂をこっちが流してやる」と憤慨していたらしい。

ライフ誌はマッカートニーの農場に数人の記者を送って監視しようとした。ポールは記者たちにバケツ一杯の水を浴びせたあと、インタビューと写真撮影に同意したのだが、これはこのゴタゴタにとにかく終止符を打つためだった。この記事が掲載されたのが同誌11月9日号で、「ポール・マッカートニーはまだこの世にいるのか?」というタイトルの巻頭特集だ。この記事でポールは事もなげに「ビートルズはもう終わったよ」と付け加えている。これには誰も気づいていなかった。ファンのヒステリー状態を覆す方法がこれだということに、誰も気づかなったのだ。そして、ポールがこんなふうに爆弾を投下しても、人々はそれがフェイクだと証明することに躍起になって、その爆弾の本当の威力に気づかなかった。2009年のMojo誌の取材で、ポールは「最悪だったのがみんなが俺の顔をまじまじと見るようになったことだと思う。『ポールの耳って前もこんなふうだっけ?』みたいにね」と語っている。

1970年になると、ポールが死んだなどと信じる人は一人もいなくなっていた。しかし、嘘だと証明されて長年経過しても、この死亡説は大人気の逸話として残っていた。そして、この説を裏付けるヒントを探すことが、ファンの間で時空を超えた儀式となった。膨大な数のポール・ファンは長年に渡って『アビイ・ロード』の裏ジャケットを詳細にチェックしてきた。そして、そこに人間の頭蓋骨が反射して見えると言われ始めた(確かにある、「S」の右側だ)。もしくは、ホワイト・アルバムのB面で、「アイム・ソー・タイアード」のすぐ後に針を下ろして逆回転すると「Paul is dead, man, miss him, miss him」(訳註:「ポールは死人、彼が恋しい、彼が恋しい」の意)という言葉が聞こえる。ポールの初ソロ・アルバム『ポール・マッカートニー』のジャケットは、ことわざの「人生はチェリーをお椀いっぱいに盛ったほど楽しいもの」を暗示するお椀とチェリーの写真だ。しかし、写真のお椀は空っぽで、これが意味するのは「死者のポールが世界で初めてソロ活動を始めた」しかないと噂された。



周知の通り、ジョンの「ポールを埋めた」は「クランベリー・ソース」だし、「O.D.P.」と見えるパッチの文字は「O.P.P.」で、オンタリオ地方警察(Ontario Provincial Police)から贈られたものだ。そんな真実が明らかになっていても、ファンは相変わらずヒント探しを楽しむ。シャフナーが言うように、これは「マスコミ時代に生まれた本物の民話」なのだ。この民話が生まれるきっかけとなったラス・ギブは2019年4月に他界したが、この民話は永遠に残るだろう(この件についてポールはコメントしなかった)。そして、この民話は解散後のビートルズの継続的な人気を支えてもいる。事実、1966年11月9日はビートルズにとって重要な日なのだ。まさしくその日にジョンとヨーコが知り合ったのである。

ラッキーなことに、自分の死亡説が生まれて50年目の記念日もポールはまだ生きている。ただ、彼もこの説にはずっと困惑しているようで、『ポール・イズ・ライブ』というライブ・アルバムすらリリースしたことがあった。この死亡説はロックスターの噂話の域を超えており、普通のファンを探偵に変え、人々の音楽消費の仕方を完全に変えた。「ポールは死んだ」のおかげで、「2パックは生きている」や「スティーヴィー・ワンダーは目が見える」や「アヴリル・ラヴィーンは12人いる」といった噂が生まれる土壌ができたのである。ミュージック・ビデオのヤシの木の数を数えたほうがいいとテイラー・スイフトが言うたびに、彼女はビートルズの「28 IF」伝説を利用している(彼女はジョン・メイヤーを埋めた)。しかし偶然とは言え、この現象が示すのは、熱狂的なファンの愛情がどれだけクレイジーになるかだ。そして、彼らの愛があるからこそ、「ポールは死んだ」説が今でも生き続けている。これはまさしく音楽の中で生き永らえる全生命への贈り物だ。ビートルズよ、永遠なれ。ポール万歳!

Translated by Miki Nakayama

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