現実逃避したくなる気持ちはわかるけど、それでいいの?
―最近DJをやるときは、どういった意識で臨んでいますか?
Mars89:数年前から自分で曲を作るようにもなったことで、いい意味でサービス精神がなくなったんです(笑)。こういうの好きだろう、これをかけたら盛り上がるだろう、とか考えなくなりました。
―それはどうして?
Mars89:曲を作る着想元に関しては映画や小説が多くて、”世界を創る”みたいなところを意識しているんです。だから、こういうのがウケるだろう。みたいな考えで曲を作っていなくて。その延長線上でDJに関しても、与えられた時間で世界を作っていく、その時間のフロア・コントロールするという意識が高まった。サービス精神を発揮するのではなくて、どういう世界を作るかってことにフォーカスするようになっていったんです。
―とはいえ、事前に選曲を組み立てていくわけではないですよね? フロアのムードや反応を見ながら、次の曲を選ぶ。
Mars89:そこはもちろん。フロアにいる人をどういう感情に連れて行けるかを、考えながら選曲していきます。
―Mars89さんのDJを見て、お客さんをそれまで行ったことがなかった異次元の世界に連れて行こうとしているような印象を受けました。
Mars89:どちらかというと扇動するというか(笑)。そういう感じが好きですね。
―自作曲をトラックメイクのうえで影響を受けた存在は?
Mars89:さっき話したクートマの感じや、あとはラス・G。そういったLAビーツ系からも影響されつつ、ブリアルとかのサンプル・コラージュで世界観を作っていくスタイルや、Throbbing Gristleなどのインダストリアルの姿勢の影響も。あとは、ポストパンクの時代に、レゲエやダブの要素とパンクの要素を一緒にやっている人たちがいたじゃないですか。
―マーク・スチュアート周辺やスリッツ、あとエイドリアン・シャーウッドの運営していたOn-Uあたりがそうでしたね。
Mars89:On-U周りにはめちゃくちゃ影響を受けていますね。僕はジャンルの挟間にいる人が好きなんです。
―話を聞いてきて、“挟間”というのはMars89さんの活動においてポイントですよね。
Mars89:所属したくない、カテゴライズされたくない、ってのはあります。あとは安心したくないとか。居心地がいいって思うと……なんでしょう、居心地の良さの先には何もない感じがする。居心地の良さも必要なんだけど、その先を見られないならそこにいれなくてもいいなと思う。
―Mars89さんには、何も考えずに居心地の良い場所にいたいという欲望の受け皿が、いまの世の中に多すぎるという気持ちがあるんじゃないですか?
Mars89:それはめちゃめちゃありますね。それこそ癒しとチル、現実逃避的なものは音楽にかぎらずたとえばアニメや映画でも多いし、そういう現実逃避の手段が供給過多なのは、そもそも社会の現状がヤバいからだと思うんですが。極端な話をすると、癒しやチルの行き着く先の一つに安楽死的な発想がある気がしていて、それってすごく……カルトっぽいっていうかいまの肉体を大切にしていない感じがある。いま生きていて現実逃避したくなる気持ちはわかるけど、それでいいの?って。その気持ちはすごくあります。
―いまは感情や欲望が、インスタントにマネタイズされる仕組みが巧妙に出来上がっていますよね。
Mars89:みんなが消費者になることに安心しちゃっていると思う。僕としては、供給される癒しだけで満足できているのもちょっと不可解なんです。自分で作り出したり自分で選んだりするような安心できる居場所が、それぞれにあるはずなんだけど。