レベルミュージックと生活のエネルギー
―Mars89さんの音楽も、聴き手にチルや居心地の良さを与えるものではないですよね。インダストリアルでダビーなサウンドは、むしろ胸をざわつかせるような不穏さを堪えている。
Mars89:聴き心地がいいものには、あんまりしたくなくて。何かを揺さぶりたいなって気持ちはあります。聴く人の土台みたいなものを揺さぶるというか、安心感とか安定感をなくしたいっていうのがある。不安な気持ちにさせたいっていうか。
―2017年の『Lucid Dream EP』と2018年の『End of the Death』を聴き比べてみると、音の質感がかなり違っています。より破壊力が上がったというか。
Mars89:社会との向き合い方や周囲に対してのエネルギーが変わると、音も変わる気がしていて。なので、より攻撃的になったのは、世の中に対してクソだと思うことがさらに増えたってことだと思います。
―『End of the Death』収録曲の「Run to Mall」は映画の「ゾンビ」からサンプリングしていますよね。
Mars89:ええ。
―あの映画も現実の映し鏡じゃないですか? なので、それを音楽でやるっていうメッセージ込みでのサンプリングなのかなって。
Mars89:もともとSF映画や小説に親しんできたうえで音楽を作っているので、そういう視点はどうしても出ちゃいますね。あの曲を作ったタイミングは、ちょうど(ジョージ・A・)ロメロ監督が亡くなったときでもあった。なのでトリビュートの意も込めて作りました。曲を作るときは、自分が好きなSFが持つ現実と対峙するような要素と、反抗心からくるモチベーション、加えてレベルミュージックとしてのエネルギーを込めたいと思っています。
―音楽でどのように現実の世界へとコミットしていこうと思っています?
Mars89:みんなもう現実がきつい/ヤバいみたいなことはとっくにわかっていますよね。わかったうえで、「きついよね」って傷をなめ合って終わりではなくて、「で、どうすんの?」って投げかける姿勢が、日々のなかでは大事だなと思っています。音楽でも……音楽ってすごく抽象的だと思うんですけど、たとえば「Rainbow Parade」とかああいうものって、いまある問題を可視化させつつ、でも見た目はハッピー。それってレイヴとかも同じで、空間自体は現実逃避と言うか避難場所みたいですけど、そこを出て家に帰ったら現実が待っているわけで。そのうえで、「じゃあどうすんの?」って姿勢込みの音楽もたくさんある。音楽のそういう可能性を提示したいですね」
―いまおっしゃった「じゃあどうすんの?」という姿勢込みの音楽ってたとえば?
Mars89:僕がずっと影響を受けているのはJAGATARAなんです。彼らのようにライブハウスで発散される表現でありつつ、家に帰ったら終わりじゃなく、ライブを観たことでエネルギーをもらって現実に立ち戻っていこうという気持ちが起きる――それがすごく大事だと思っています。それと同じことを、いまレイヴがリバイバルしてる現象にも感じている部分があるんです。加えて僕の周りだけじゃないと思うんですけど、ハードコア系のバンドが勢いを増している印象もあって。エネルギーを発散できたうえで、その体験を生活のエネルギーにも変換していけるという体験がいま求められているんじゃないかな。