モーターヘッドの過激思想が花開き、パンク/メタルの神となった1979年を再検証

事実、本ボックスセット『1979』に収録されているライブ音源は狂気の沙汰だ。どちらも音質の面では優れているとは言い難いものの、その粗さがライブの興奮をリアルに伝えている。『Good ‘n’ Loud』の舞台となったAylesbury Friarsは、ロンドンから北に1時間ほど行ったところにある400人収容の小箱(現在は既に閉店している)で、同音源は1979年3月31日に行われた公演のものだ。「キープ・アス・オン・ザ・ロード」を披露する前に、レミーはオーディエンスにバンドの1stアルバムを万引きするよう呼びかけている。また彼は「メトロポリス」はピンク・フロイドのパクリだと冗談めかして語っており、「最近のやつらの曲よりもいい出来だがな」と付け加えている(『ザ・ウォール』がリリースされる直前だった)。バイク乗りのオーディエンスに捧げた「ボーン・トゥ・ルーズ」で大喝采を浴びると、彼は「バイク乗りがそんなにいるわけねぇだろ」と吐き捨てる。アンコールに応えてショーの最後の曲を披露する前に、彼は冗談っぽくこう語っている。「ホークウインドは絶対に2度もアンコールに応えたりしなかっただろうな。俺たちは…」彼はその続きを口にせず、「モーターヘッド」をプレイし始める。

『ボマー』ツアー時のライブ音源『Sharpshooter』は、パリから南西に数時間行ったところにあるル・マンで、1979年11月3日に行われた公演を収めたものだ。レミーのダミ声に拍車がかかっていたりと、同音源には7カ月に及んだツアーの影響がはっきりと現れている。「オーヴァーキル」のイントロでのテイラーのドラミングは明らかに走っており、レミーのベースがそれをさらに加速させ、まさに猪突猛進の勢いをみせる。曲の途中で、レミーは何気なく「黙れ」と口にする。それは彼のキャッチフレーズでもあるが、バンドがペースを落とそうとしないのは、天井に吊るされたダモクレスの剣を思わせる巨大なプロペラ機の影響かもしれない。その飛行機模型はあまりに重かったため、バンドはアメリカツアーに持っていくことを断念した。それがフランスの人々に喜ばれると思い込み、レミーはお粗末ながらInspector Clouseauを真似たフランス訛りの英語でオーディエンスに何度も語りかける。ショーの途中でオーディエンスに「くそったれ」とシャウトさせた後、彼は「みんな英語を話せるじゃねぇか」と続ける。同音源はバンドの魅力とチャーミングさ、そして1979年時のライブの破壊力を見事に捉えている。



その約1年後、スリー・アミーゴスは再びスタジオ入りし、バンドの人気を「オーヴァー・ザ・トップ」(別次元)へと導く『エース・オブ・スペーズ』を完成させる。1982年作『アイアン・フィスト』(ラーズ・ウルリッヒは同作のレコーディングに立ち会っている)を最後にクラークはバンドを脱退し、テイラーもその次の作品のレコーディング後にレミーと袂を分かつことになる。テイラーは80年代後半にバンドに再加入するが、クラークが復帰することはなかった。レミーは新たなメンバーたちと共に、「キルド・バイ・デス」(ローリングストーン誌の「史上最高のメタル・アルバム」リストに入った唯一のグレイテストヒッツ盤『ノー・リモース』に収録)を含むさらなるクラシックの数々を生み出し、死を迎えるまで2年おきのペースで新作を発表し続けた。

モーターヘッドの必聴アルバムは数多いが(『バスターズ』の素晴らしさは見直されるべきだろう)、バンドの伝説の始まりが1979年であることは疑いない。彼らがロックの殿堂にノミネートされるほどの影響力を持つようになったのは、レミーが遅咲きであったことが大きい。『オーヴァーキル』がリリースされる何年も前から音楽業界に身を置いていた彼は、人々がバンドに何を求めているのかをよく理解していた。

本ボックスセットに付属の品(楽譜、『ボマー』ツアーのプログラムのレプリカ、ボタン等)の中には、バンドの不遜さとマッチする『Melödy Breaker』という秀逸なタイトルの付いた、モーターヘッドに関することだけを掲載したファンジンが含まれている。ジョイ・ディヴィジョンのベーシストだったピーター・フックからバンドのレコーディングエンジニアまで、同誌にはバンドと縁が深いあらゆる人物の談話が掲載されている。しかしバンドのメンバーたちの新録インタビューは掲載されておらず、全員が逝去した今ではそれも叶わなくなってしまった。かつてレミーが歌った通り、「死人に口なし」なのだから。

しかし同誌に掲載されている1979年当時の記事からは、当時のレミーの価値観が読み取れる。「子供たちを楽しませることができるのなら、誰が何と言おうとそれは正しいんだ」彼はそう語っている。「アートなんてのはクソの役にも立たない。大事なのは、子供たちに鳥肌の立つような経験をさせてあげられるかどうかだ。それ以外はどうだっていいんだよ」

Translated by Masaaki Yoshida

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