史上最高のギャング映画になるか? スコセッシの新作『アイリッシュマン』に迫る

マーティン・スコセッシ監督『アイリッシュマン』に出演したジョー・ペシとロバート・デ・ニーロ。作品は2019年のニューヨーク映画祭でプレミア上映された。Niko Tavernise / NETFLIX

マーティン・スコセッシ監督はニューヨーク映画祭で、ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノが出演する、労働組合と殺し屋との関係を描いた3時間半に及ぶ大作を披露した。Netflix製作の映画『アイリッシュマン』は、史上最高のギャング映画になりそうな予感がする。

「物心がついた時から、俺はいつかマフィアになりたいと思っていた」というセリフは、映画『グッドフェローズ』を繰り返し鑑賞した人なら深く印象に残っていることだろう。というよりも、レイ・リオッタがこのセリフを口にする前の、刺し殺された死体と血に汚れたシートと真っ赤に染まる車のトランクが、作品を見た誰の目にも焼き付いていると思う。高級車を乗り回してお洒落なスーツに身を包み、それぞれがユニークなニックネームで呼ばれる地元の大物マフィアたち…クレジットロール後に流れる少年の目を通して見た空想的な映像も印象的だ。マーティン・スコセッシ監督による傑作は、『ゴッドファーザー』シリーズ以上に、後のマフィア映画へ大きな影響を与えた。2年後に別の映画製作者がスリルと笑いを組み合わせた作品をリリースしたものの、栄枯盛衰を描いたスコセッシの作品は、現代の笑いを含んだギャング映画のロゼッタストーンとして今なお君臨している。1990年代の口火を切った作品だけのことはある。

第57回ニューヨーク映画祭でプレミア上映されたスコセッシ監督『アイリッシュマン』は、監督が約30年の間に手掛けた多くの犯罪映画の成果といえる。当然、系統は大きく異なる。『アイリッシュマン』は、マフィアの用心棒から全米トラック運転手組合の幹部となり、またジミー・ホッファの片腕でもあったフランク・シーランの半生を描いた作品だ。シーランの伝記『I Heard You Paint Houses』(2004年)によれば、彼はホッファを暗殺した人物でもあるという。作品にはシーランの半生と同じく、皮肉な運命と歴史、暴力とユーモア、麻薬とイタリア系アメリカ人の人類学が描かれている。「ガキの頃、家を塗るのはペンキ屋の仕事だと思っていた」と、ロバート・デ・ニーロ演じるシーランのナレーションが流れる。その直後、建物の白い壁に銃撃による赤い血しぶきがペンキのように飛び散った。それから月日が流れ、スーツを決めた男たちの間を多くの銃弾が飛び交う。街を走る車の種類や襟のサイズを見れば、時代がひと目でわかるだろう。ここまでは、お得意のスコセッシ流だ。

ところが本作品はそれでは終わらない。過去のヒット作をあれこれつなぎ合わせたような映画ではなく、もっと大きく重要な仕掛けをスコセッシ監督は用意している。『アイリッシュマン』は、労働者と犯罪組織とアメリカ政府とが互いに争ったり癒着したりを繰り広げた20世紀の時代を描いている。また、冗談好きなマフィアの幹部や負けず嫌いなタフガイたちの人間性や、ハラハラする生活や撃ち合いが終わった後の彼らの行く末が、今の我々にどう映るかを問いかける作品でもある。本作品はあらゆる意味で、アンチ・グッドフェローズといえる。ドキドキハラハラするシーンが続き、そして犯罪行為と善悪の妥協とマフィアの生活が終わりを告げた後、どうなっていくのかを真剣に考えさせられる。単なるスコセッシ監督作品のひとつというだけではない。史上最も印象深いマフィア映画になるだろう。

まずは、フランク・シーランについて知っておく必要がある。シーラン役は、肩をすくめるしぐさや口ごもったような言葉遣いと、怒りを爆発させるお決まりの演技が特徴的なデ・ニーロが演じている。第二次世界大戦の退役軍人でトラック運転手だったシーランは、フィラデルフィアを拠点としたマフィアに取り入るため、積荷の食用牛肉の重量を軽く申告した罪で逮捕される。シーランはガソリンスタンドで彼のトラックが押収された現場で初めて、後に彼の後ろ盾となるマフィアのボス、ラッセル・ブファリーノ(ジョー・ペシ)と出会う。ブファリーノと彼の従兄弟で弁護士のビル(レイ・ロマーノ)はシーランをマフィアの世界へと引き込み、プロのヒットマンとして育て上げた。作品に登場する実在の人物については、いつどのような最期を遂げたかも含め、字幕で紹介される。宿命を実感させる見事な演出だ。

最も重要なシーンは、両ブファリーノがシーランとジェームズ・リドル・ホッファ(アル・パチーノ)との面会をお膳立てした場面だ。強大な権力を持った全米トラック運転手組合のトップだったホッファは、特にシーランがシカゴで即興的に行った仕事が印象に残ったようですぐさまシーランを気に入り、その後ふたりの関係は深まっていった。両者とも、当時司法長官だったロバート・ケネディからの追求や、組合(チームスター)とマフィアとの対立、実刑判決、「ちっぽけな奴」と呼ぶニュージャージーのマフィアでトニー・プロことアンソニー・プロヴェンツァーノからの批判に苦しんでいた(スティーヴン・グレアムが演じるプロヴェンツァーノは、現役を退いた俳優に、かつてのギャング映画のスターだったジェームズ・キャグニーの躍動感あるエネルギーを注いで蘇らせたような印象を受ける)。チームスターの委員長に就任したホッファがマフィアに対する影響力を強めてくると、ブッファリーノや他のファミリーのボスらは調子に乗ったホッファの存在が目障りになってくる。何らかの力が働き、そして何かが起きる。

Translated by Smokva Tokyo

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