「尊敬と崇拝は違う」FINAL SPANK HAPPYと語る男女のパートナーシップ

坂本龍一はなぜポップミュージックで成功したのか?

─ある程度、衝突は予測できていたってことですよね。それでもジャズとクラシックの2人が組んでいるのはなぜですか?

BOSS:これは菊地君からのミッションですが、彼の人生の悲願(笑)のひとつが、インジャストの音楽をやることなんです。特にポップミュージックでは「今、ちょうどいいものを届ける」という最重要なことができなかったんです。Perfumeやセカオワ、大森靖子さんや長谷川白紙君やKIRINJIを聴いている人が、今SPANK HAPPYを聴いて「いいな」って思うシティ・ポップを作りたかったですね。

菊地くんはいつも先の先の先をやらないと落ち着かない症状を持っているので、誰かが後ろから引っ張ってくれないとインジャストのものを作れない。ODも小田さんも、コンサバの良さを持っているので、非常に助かりますね。

小田:引っ張る力みたいな。それと別に菊地さんは過激だったり過剰だったりというかちょっとやりすぎるタイプで、それが中毒性を生んでいると思うんですけど……その過剰さを良くも悪くも私が中和しているような感じはあるかもしれません。

OD:BOSSは最初、何スかそれは?というアイデアを出すデスね。自分は綺麗にしっかり出来ているのが、ついついスキスキじゃないスか(笑)。

BOSS:ははは。まあ、コンセプチュアルな層を重ねたり混ぜたりしたくなる症状ですね。それは私や菊地君の個性に限らず、20世紀のエッジのテンプレともいうべき事です。でも、過剰過剰っていうけど、あくまで音数で言うと、クラシックなODの方が多くないか?

OD:確かに自分は音数は多いデスね(笑)。シンフォニックでドラマチックがついついスキスキじゃないスか(笑)。

BOSS:極論、今ってキックとスネアとベースとSEがあれば音楽は成り立つんだけど、ODはきれいな和声をつんで、ドラマをもたせた交響曲みたいな。


後半に向けてシンフォニーらしさがあがっていく「雨降りテクノ」。「テクノの側面とミュージカルの側面。点描的なピコピコしたサウンドで始まって、途中に台詞が入って、サビにはシンフォニー。あれこそ絵に描いたような共作ですね。あはは」(BOSS)

BOSS:ただ、ポップスは削ぎ落としが必要な音楽なんですね。コンセプトの量と音数を互いにトレーディングしている感じ。ポップスはミニマリズムとキャッチやフックがないと成り立たない。ウェルメイドできてればいいという単純な話ではない。かといってパンクのレベルまでゴリゴリしてしまう事は我々には出来ません。

ウェルメイドでありポップでキャッチーであるために、敢えてBack to Bachというか、きっちりとした和声とベースラインとメロディラインの骨組みが必要。そのうえでポップな要素をのっけた音楽をFINAL SPANK HAPPYではやりたかったんです。

例えば藝大の作曲科卒でポップスの分野で一番成功しているのは、言うまでもなく坂本龍一さんですよね? 藝大というアカデミックな場所にいれば、技法や情報量に勝るクラシックがポップスを包含でき、「軽音楽」として簡単にポップスができると考えるのは紋切り型であり、ポップスに対する侮辱です。坂本さんの素晴らしさは、そんな単純な話じゃないんだ。という能力の使い方です。

しかも、彼の横にはポップス博士の細野晴臣さんがいて、ファッショナブルな高橋幸宏さんがいた。2人がいなければ「坂本龍一」は完成しなかったと思うんですよ。クラシックとポップスでは音楽のボキャブラリーが全く違いますからね。今やポップスも書誌学的な分野になっていますし。要するにサブカルです。

YMOのように……とまでは言わないけれど、小田さんだけでも菊地君だけでもできないポップミュージックをやるのが我々のミッションです。


ベックの名盤『Odelay』に収録されている「Devils Haircut」』。どこかYMOの「体操」を彷彿とさせるアレンジが際立つ。「自分はポップスのことは全然わからなくて、レッチリががローリング・ストーンズの直後に生まれたバンドだと思っていたら、BOSSに笑われたじゃないスか(笑)。そんなポップス無知な自分と、ポップス博士でもあるBOSSで、YouTubeでカバーする曲を探して一致したのがこれデス」(OD)

─これだけ考えられているのに、タイトル曲の「mint exorcist」で、ODさんが「音楽なんて簡単じゃないスか」と言ってて驚きました。

BOSS:「mint exorcist」は着想から作詞作曲して演奏まで5分くらいしかかかってません。ナレーションにある通りなんです。「さっきの鰻、うまかったなあOD。あ、曲浮かんだ」といって、2人でまとめました。さっきからインジャストなポップミュージックと言ってますけど、それって簡単に言うと無教養な状態になれるかどうかなんじゃないかと思うんです。

誰もがパッと聴いて強く惹かれる。これがジャズからもクラシックからも失われた、ポップスの本質的な力です。こだわりの強い人が聴き込んで聴き込んで「これヤバい」ってなるより、菊地君も小田さんも知らない人たちが「いいね」ってなるような。


アルバムの最後に挿入されている「mint exorcist」はピアノと2人のデュエットのシンプルな構成。ODが「音楽は皆さんが考えているよりもずっと簡単じゃないスか」という言葉を発する。

─でも、クリエイティブな世界だとやっぱり「ヤバい」の方に惹かれませんか? 例えば鬱々しい作品に中毒性がある法則ってあると思うんですよね。

BOSS:メンタルを壊している人たちはいっぱいいるから、っていうか、原理的には全員そうです。恋している者は全員狂っている訳ですし。音楽表現として鬱々としている表現っていうのは、今や常套手段なわけですが、青春や恋の表現を禁じ、多形倒錯を幼児退行によって表現する。それは2期のSPANK HAPPYでやりきった感もあり。

我々ももちろん鬱っぽいドープネスな部分はあります。菊地君と小田さんは尚更じゃないでしょうか。でも、自分の毒々しさを音楽表現の中に積載して繰り出すのはあまりにもベタな商売で、商売するにしても、もうちょっと洒落た商売がしたいな。と、その程度の話です。

OD:自分は鬱々というか、乱暴者じゃないスか(笑)。BOSSも大概ですケド(笑)。

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