「渋谷をテクノロジーの力で進化させる」KDDIが仕掛けるイノベーションとは?

KDDIの革新担当部長・三浦伊知郎氏

来たる5G時代を見据え、エンターテインメントに特化したテクノロジーを駆使し、渋谷の街をアップデートしていく「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」。その仕掛け人でもあるKDDIの革新担当部長・三浦伊知郎氏に、その展望と可能性を聞いた。

「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」とは、KDDIと、渋谷区観光協会、渋谷未来デザインの三者が共同で立ち上げ、テクノロジーやオープンイノベーションで街の進化を加速させることを目的にした活動だ。そのスピードと実行力は圧倒的で、渋谷の街がアートミュージアムになる「INVISIBLE ART IN PUBLIC」や「MUTEK.JP」、Coldplayの新曲を渋谷の街にインストールする施策など、発足からわずか3ヵ月にして7本の企画を実行している。今回、「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」の仕掛け人であるKDDIの革新担当部長・三浦伊知郎氏にインタビューを敢行。1995年より約5年間、日本、オーストラリアにて大規模フェスティバルの立ち上げとプロデュースに従事し、世界60カ国以上を旅して廻る会社員トラベラーでもある三浦が、なぜKDDIの革新担当部長に就任したのか、そして彼の掲げる哲学、そして今後の展望などをじっくりと訊いた。

―三浦さんの肩書きである「革新担当部長」とは、どういう役職なんでしょう。

KDDIは大きな会社ではあるものの、変わっていこうという意志がある企業で。「革新担当部長」というのは、既存の凝り固まったカルチャーにとらわれず、外部の知見を生かしてどんどんアウトプットしていくことがミッションなんです。そのために、既存のやり方と違うやり方を試したり、外部から僕のような人間を採用して破壊的で創造的なイノベーションを起こしていこうとしている。元々、KDDIは着うたとかデザイン携帯を手がけてきている会社でもあるので、新しいことに挑むことと親和性も高いし、面白いことをやりたいという意志がある企業なんです。

―KDDIに新しい風を吹き込むという意味で、三浦さんが採用されたんですね。

会社の方向としては、社員を巻き込んで色々な知見を貯めていって、成長につなげようという採用枠なんです。KDDIは内部でモノ作りすることが多い。例えば、イベントのアートディレクションはKDDIの社員がやっていたり、クリエイティブなイノベーションを起こす人材も内部にいるんですよ。今回の渋谷の計画も、部の垣根を超えた有志でやっている。当然、成功も失敗もあるんですけど、社内的な改革だったり、カルチャーを生み出すことだったりを、社内外両方で実験しているんです。そうした変化を受け入れられる携帯会社が、エンターテイメントやカルチャーの世界により突っ込んでいったらどうなるんだろうと思っていたときに、渋谷区が創造文化都市を目標にしていたので、今年9月にKDDIと渋谷未来デザイン、渋谷観光協会の3者で集まって「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」を結成したんです。

―渋谷という街を舞台に、テクノロジーを活かして新しい挑戦をしていこう、と。

渋谷区は文化を創造したいし、企業の力も必要だと感じていた。我々も企業として、それなりに理解がある場所じゃないと仕事ができないと思っていたんです。そこを柔軟にやってくれるのが渋谷だった。実はこの話には具体的な事業計画ってあまりなくて。すべてやってみないと何も分からないので、9月から今日までの段階で7本の企画をやってきているんです。その中で、どんなことができるのか区も分かってくるし、僕みたいな亜流の人間が突進していくところにKDDIの社員も乗っかってきてくれることもわかった。日本の企業って、イノベーションが大事だとわかっていても、どうしたらいいか分からないというところが多いと感じていて。守るものがあるからこそ、何度も社内で検討するけど実行フェーズにいけない。変わりたいけど変われないジレンマをすごく感じます。だからこそ、この大変革の時代に、外部からの破壊的なイノベーティブを担当する人がいると道が出来るんじゃないかとKDDIは感じて、僕を採用してくれた。何事もやらないとわからないし、大きい会社こそ率先してそういうことをやらせたほうがいいと思います。



「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」によるインタラクティブデジタルアート展『INVISIBLE ART IN PUBLIC Vol.2”Synthetic Landscapes"』の様子

―実際にトライしてみて、周りの反響はいかがでしょう?

「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」を4ヶ月間やっている中で、お付き合いのある会社の人に話を伺うと、我々に賛同してくれる人が多いんですよ。僕らとしても様々な人と絡めたら面白いと思っていたので、「渋谷エンタメ推進プロジェクト」を一緒にやりませんか? っていうアナウンスをしたんです。ただ、参加企業を募る上で条件が2つだけあって。1つは対等に付き合えること。上下関係の拘束力なく、変な忖度のない関係を築ける方。「弊社が提案書を持ってきました」という関係には絶対になりたくなくて、飲みながらでも一緒に考えてものを作りたい。逆にそこができない会社はたぶん合わないと思います。そこは昔も今も変わらない人と人の部分ですよね。もう1つは、何年か後にでも最終的にビジネスモデルが描ける方。IPや技術を持っているとか、メディアとか何でもいい。僕らには渋谷という場所があるので、そこで色々実験してみましょうと思います。「渋谷推進プロジェクト」の母体としては5Gテクノロジーがあって、領域はエンターテイメント。音楽、アート、ファッション、あとストリートスポーツも入れてみたいなと思っている。そうすると大体面白そうなものは網羅できるので、それぞれのパートナーを見つけてうまくやっていこうと思っています。

―ポッドキャストはもちろん、音楽のサブスク配信も普及してきているので、文字よりも音声を欲しがる人が多いんじゃないかな、と思うのですがいかがでしょう。

音声広告でいうと、音のARをやっています。あるスポットに行くと、ブラウザが立ち上がって音が聴ける。この前、何箇所かにスポットを作って、Coldplayの新曲が聴ける実証実験をやって、メディアに大きく取り上げられました。それをやったことで気がついたことがあって。例えば、代々木公園で爆音のフェスをやりたいと思ったときに、音のARを使ってヘッドフォンを挿せば可能になる。もっと変なこともできて、住宅街のヨガレッスンで講師が話している内容や音楽を、音のARを使って半径50mと範囲を設定すると、人は音を聴くためにエリアに入ってくる。周りから見ると無音なんだけど、それを聴きたい人はそのエリアに入ってくるんです。テーマパークや、教育とか災害の分野、いろいろなことに応用できるんじゃないかと思っています。

ーポケモンGOで欲しいモンスターを手に入れるため、特定の場所に人が集まった例もありますもんね。この取り組みでは、中心に音楽を置いているのがおもしろいところですね。

渋谷で考えているのは、デジタル空間上にいろいろなコンテンツを配置していきたいということ。渋谷は物理的にパンパンな街だし、これといった観光資源もない。結局、ハチ公で写真を撮って、スクランブル交差点を眺めて、そのままどこかへ行っちゃう。消費されない街というのが区の課題なので、僕らはデジタルな空間にコンテンツを配置して、回遊できる街にすることに取り組んでいます。端末でアプリを起動させてかざすとアートが見れるとか、スポットに行くと音が聴けるとか、渋谷デジタルミュージアムや渋谷デジタルライブハウスとか、街全体をそういうスポットにするのが大きな目的です。渋谷の観光財源を増やして、滞在率をもっと伸ばして区内を回遊させるというのは、区の課題でもあり、KDDIとしても貢献できるところ。人が回遊するとなると、そこにARのフォト広告や知覚的な広告でも出せます。壁面とかもAR上ならなんでも投影できますしね。

ー5Gの時代にはコンテンツが重要になってくると思います。既存のビッグコンテンツを当て嵌めていくことだけでなく、技術革新とともに新たなコンテンツを作っていくことも考えているんでしょうか?

技術的なプラットフォームを作って、そこに既存のコンテンツを入れて新たな出面を作ることも大事ですが、進化したテクノロジーを使ってこんな表現もできますよとショーケースとして出すことも大事ですね。まさについ先日開催された「MUTEK.JP」は後者で、技術をどうやってアートに変換できるかという作業をやっているんです。KDDIもそこに軸足を載せていて、MUTEKも、KDDIの社内の人間とクリエイターが、アーティストとの掛け算で作品を生み出している。商業ベースで考えたら、既存のビッグタイトルがあるとたくさん紹介されると思うんですけど、持続可能なビジネスや新しいものを生み出すのは後者なので、マーケッターとしてはバランスよくやらないといけないなと思っています。新しいものを生み出して、時々有名なものもいれて、プロジェクト自体を有名にさせていくっていうのは完全にマーケティング戦略の話ですよね。


2019年12月11日(水)〜15日(日)で開催されたMUTEK

ー三浦さんは、テクノロジーの進化とともに、音楽と進化の余地をどれくらい感じているのでしょう?

音楽に絞っていうと、DJが分かりやすい例で。昔はレコードがあって、CDJがあって、途中にDATがあって、ラップトップでやるように進化していった。それがノートPCでDJができる時代になっている。5G時代になると、全部自分の楽曲をクラウドに置くので、楽曲を持っていなくてもiPhone1個でできちゃう。もはやiPhoneもいらず、空間上にARで出せばいいわけですよ。これが起こると、東京、ロンドン、NYのクラブをリアルタイムでつないで、DJをDJがミックスすることもできる。このDJは、ロンドンとNYのDJをつないでいるとか、同時多発的に行われているフェスを一箇所に集約できる。5Gでは五感で感じられるので、ハード面がついてくると、それがよりリアルに実現できるんです。そういうことを渋谷で実験したいなと思っていて。ただ、ヴァーチャルだけど、最後に戻るのはリアルな場所が必要だと僕は考えているんです。渋谷は人々が喧嘩して恋が生まれてというリアルな場所なので、両方をKDDIは大切にしたいというメッセージをちゃんと持っています。それを渋谷で実験していくのはすごく意義があるなと思っています。

―5Gという技術の変化が楽しみな反面、少し怖くもあります。三浦さんはそこに希望を感じていらっしゃいますか?

いくらでも悲観的にはなれると思うんですけど、技術は使いようによって変わると思います。ネットの普及と一緒で良いことも悪いこともあるわけで、人々が性善説的にどう使うかっていうことですよね。5Gで遠隔手術なんかができるようになるのもポジティブなことですし、人とのコミュニケーションももっと可能になる。僕はそういう時期に会社にいるので、すごく面白い体験をしているなって思います。

ーリアルの世界からネットの世界へ移行していくにあたって、5G時代はリアルな場所が重要になってくるというのはおもしろい転換ですね。

スマホって最高のツールだと思う一方で、ネット難民だったり引きこもりのような社会的問題も孕んでいるんです。今はスマホ1つあれば何でもできるじゃないですか? だけどデータを見ると、海外に行かない若い人が増えていて、どんどん内に向かっている。デジタル住民が多くなっているのは危険かなと思っていて。そんな中で、僕は最終的に人と人とのコミュニケーションに繋げたい。5Gによって高速大容量でバーチャルで会っているような空間を作ることができるんです。限りなく会っているような感覚、匂いから何まで全部5Gで体現することが可能になるんですよ。例えば、ニューヨークにいる友達とすぐ側にいるかのように喋ることもできる。だけど最後は、やっぱり会いたいっていう単語が出てほしい。そこにきれいに持っていくことを5Gの哲学としてやりたいんです。その為に巨大な実験と巨大なツールを作って、そこにクリエイティブを入れて動きを作っていく。内外問わずクリエイティブマインドがある人をうまく取り入れながらやっていくのがいいと思ってます。いいものは挑戦しないと生まれない。挑戦にはリスクが伴ってくるので、そこでチャレンジするかがイノベーションかなと思っています。

―三浦さんのお話を訊いていて、5G時代来を熱意や人を大事にしながら迎えようという気持ちが伝わってきました。

個人の哲学的にも、チャレンジしていかないと世の中回っていかないし、守りに入った時点でアウトだと思っているんです。どの企業もイノベーションが必須になっていくから、そこはJUST DO ITなんですよ。せっかく渋谷にフレームを作ったので、社内外関係なくみんなが入ってきて徐々にやっていきましょう! って。イノベーションとかいろいろな単語を出していますけど、参加してくれる企業とは、いつかどこかでビジネスを作りましょう、そのために一緒に汗をかきましょうねと。僕がいつも言っているのは、熱意とパッションで突っ走るということ。ロジックは一番最後に、世の中にたくさんいる頭のいい人が作ってくれればいい。僕みたいな人間が良い意味で会社を変革していくドライバーになれたらいいなと思います。そういうポジションをKDDIは作っているので、仕事面も人事面も熱意とパッションで、どんどんムーブメントを作っていきたいです。


三浦伊知郎(KDDI株式会社 革新担当部長)
1996年よりNTT(日本電信電話株式会社)、Ogilvy and Mather、DIESEL JAPAN 広報宣伝室マネージャーを経て、PRコンサルティング会社立ち上げ。その後2017年、KDDI株式会社にて事業のプロモーション等をメインとした領域の革新担当部長に就任し、2019年より現在、渋谷における5Gを見据えたテック&エンターテイメントビジネスの創出を担当。趣味と実益を兼ねて1995年より約5年間日本、オーストラリアにて大規模フェスティバルの立ち上げとプロデュースにも従事。学生時代より世界60カ国以上の旅して廻る会社員トラベラーとして、プチラグジュアリーバックパッカーの旅を提唱中。

Text and Interviewed by SW

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