ニール・パートの超絶ドラミングと世界観を味わうラッシュの12曲

「スティック・イット・アウト」は詞的にも、音楽的にも、パロディ一歩手前

「スティック・イット・アウト(原題:Stick It Out)」(1993年『カウンターパーツ』収録)


Rob Verhorst/Redferns/Getty Images

80年代中期の濃厚なシンセ・サウンドを取り入れた時期を経て、その面影を秀逸な楽曲ばかりでありながら冷淡なサウンドの1989年の『プレスト』や1991年の『ロール・ザ・ボーンズ』に残していたラッシュは、1993年の『カウンターパーツ』で再びロックの雄叫びをあげた。この作品はバンドのキャリアの中でも最もヘヴィなサウンドの作品と言える。同作からのリード・シングル「スティック・イット・アウト」は、ダークで印象的な重量感を誇示し、90年代のグランジ時代の幕開けと完璧にシンクロしているように見えた。ここでのパートは昔よく使ったトリックに再び夢中になっているようで、イントロ部分ではハイハットのシンコペーションでリスナーを狼狽させたあと、雷槌のようなバックビートをグイグイ押し込んでいる。彼が書いた歌詞は自分の感情を抑え込むことを戒める内容で、無駄をすべて削ぎ落としてさらに辛辣になったラッシュの音楽を総括するような楽曲だ。ロックの男っぽさを毛嫌いするパート自身は、この曲を少し違う視点で見ていた。「あの曲は、そうだな、歌詞的にも、音楽的にも、パロディ一歩手前だね」と。

「ワン・リトル・ヴィクトリー(原題:One Little Victory)」(2002年『ヴェイパー・トレイルズ』収録)


Ethan Miller/Getty Images

90年代後期から2000年代初めの5年間、ラッシュは無期限の活動停止を宣言した。1年に満たない短い期間に、立て続けに起きた娘の死と内縁の妻の死によってパートは気力を失うほどの大きな衝撃を受けたのである。この時期のことを彼はのちに「あのとき、バンドメイトに俺は引退したと思ってくれと言った」と書いている。しかし、長期間のバイク旅行でカタルシスを得た彼はバンドに復帰した。活動休止を終えた直後に録音された彼のプレイは、スラッシュメタルで通用するほどのダブルバスの高速集中砲火の上に、これまた高速スネアでアクセントを付けるという、50歳になってもなお彼はドラムを叩く超人そのもので、更にその時々を最大限に捉えた歌詞を生み出す刺激的な作詞家の能力も健在だと証明した。

「ワン・リトル・ヴィクトリー」制作中のパートは、最初のうちはおとなしいドラミングにしようと考えていたのだが、バンドメイトがもっとスウィングするように促したのだ。「あの曲をやっている最中にダブルバスのパートを思いついた。曲の最後に完璧にマッチするパートだと思った。でもゲディが『最高のパートだ。これで曲を始めるべきだ。みんな驚くぞ』と言ったんだ。正直、あのときの私だったら、あんなふうには叩かなかったと思う。あれほど積極的には行かなかったと思うんだ。でもゲディがそうしろと提案してくれたから、私は『わかった、やってみる』と応えたのさ」と、モダン・ドラマー誌に述べている。

「BU2B」(2012年『クロックワーク・エンジェルズ』収録)


Gary Miller/FilmMagic/Getty Images

思い起こしてみると、スタジオでもステージでも、ラッシュが終焉へと向かう姿は、ロックの伝説となったバンドが気高さを一切損なわずに、徐々に幕を閉じる方法のマスタークラスと言える。彼らの最後のアルバムは2012年の『クロックワーク・エンジェルズ』で、90年代と2000年代のラッシュの楽曲の強烈さを融合させて、その上に70年代の傑作の印象的な要素を振りかけた作品だ。その中でも「BU2B」は傑出していた。これは、一切の迷いを捨てたパートの鋼のようなグルーヴが煽る激しいハードロック曲だ。この曲での彼のドラミングは一枚岩のように頑丈だが、その中に以前よりも活発に呼吸するビートが刻まれている。これはキャリアの途中から師事したフレディ・グルーバーの影響が色濃く出たもので、パートは同作収録の「ヘッドロング・フライト」をこのメンターに捧げている。

「BU2B」(「brought up to believe(信じるように育てられる)」の略語)の歌詞を見ると、パートは自発的な信心を支持し、盲信やそれまで自分が魅了された概念を否定しているようだ。アルバムのスチームパンク風の設定はラッシュにとって真新しいものだが、誰もが服従に屈しないように葛藤するという基本テーマは、「アンセム」の頃と何ら変わりはない。「BU2B」がアルバムの主役のどんな部分を表すのかを聞かれたゲディは、「これは彼が受けたしつけであり、彼の性格に染み込んだ価値観だね。そして、彼が外に出て、全然クールじゃないこの世界と対峙したときに見つける現実でもある」と教えてくれた。

Translated by Miki Nakayama

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