音楽愛とビジネスは両立できるのか? 世界最大手インディレーベル創始者に学ぶ

マーティン・ミルズ(Photo by Tim Soter)

4AD、マタドール、ラフ・トレード、XLレコーディングス、ヤング・タークスを傘下に収めるベガーズ・グループの創立者兼会長、マーティン・ミルズにインタビュー。音楽愛と「インディ」の本質を保ちながら、40年にわたってレーベル運営を続けることができた理由とは?

かつてパンクは、アンチ資本主義を通じて社会の変革をめざしていた。しかし、オルタナティブな音楽を生み出し続けるには、ビジネスから目を背けるわけにもいかない。マーティン・ミルズは40年に及ぶキャリアを通じて、理想と現実のはざまで格闘し続けてきた。「音楽とお金というのは常に緊張関係にある」と、彼はこのあとのインタビューで語っている。

ベガーズ・グループの母体となったレーベル、ベガーズ・バンケットは1977年に設立。最初のヒットとなったゲイリー・ニューマンを皮切りに、バウハウス、ザ・カルトといったバンドで成功を収めると、その利益を再投資する形で1979年に4ADを立ち上げる。創始者のアイヴォ・ワッツ=ラッセルは独自の美学に基づき、コクトー・ツインズ、デッド・カン・ダンス、ピクシーズなどをブレイクさせた。その後、1989年にリチャード・ラッセルらと設立したXLレコーディングスは、ザ・プロディジーやベースメント・ジャックスなどクラブミュージックを牽引した90年代を経て、ホワイト・ストライプスやヴァンパイア・ウィークエンドなどを輩出する大型レーベルへと成長。レディオヘッドなど大物バンドも加わり、アデルの特大ヒットも生み出している。

さらにベガーズ・グループは、マタドールの半分を買収しつつ、経営難に陥っていたラフ・トレードの復興にも尽力。XLの傘下レーベルとして2009年に設立されたヤング・タークスからも、The XXやFKAツイッグスといった重要アーティストを送り出してきた。このように数々のリリースや再編成を経て、インディ系として世界最大規模の巨大グループを作り上げたCEOこそ、他ならぬマーティンである。

インディレーベルにまつわる数々の協会で役員を務め、ビルボードによる音楽業界で最も影響力をもつビジネスパーソンのリスト「Power 100」2019年版にも選出されたマーティンのキャリアは、70年代のはじめ、ロンドン付近にあったレコード店の経営から始まっている。彼がレーベルを始めたのは、パンクの勃興とともにインディという概念が市民権を得ようとしていた時代。その経緯について、「当時ラーカーズというパンク・バンドのマネージメントをしていたけど、レコード契約が獲れなかった。ならば自分たちで出してしまおう、ということになってね。今ではインディレーベルは誰もがやれることだけれど、当時はまだ道なき道、我々が自分でルールを作って進めてきました」と、過去のインタビューで語っている。

このようにDIYな出発点をもつ一方で、彼はオンライン音楽サービスの可能性と問題点を一早く見抜き、インディレーベルの音楽配信をサポートする国際団体「Merlin(マーリン)」の設立に貢献し、2012年にはアメリカ上院委員会でオンライン音楽の未来を語るなど、インディミュージックを守るために動いてきた。さらに自身のグループでも、ストリーミング時代に対応すべく変革を行なっている。

マーティンは革命の精神と経済活動をどうやって両立させてきたのか。昨年、日本を訪れたタイミングで取材を実施。ビジネスの話題からキャリアの変遷に至るまで、穏やかな口調でたっぷり語ってくれた。


ー今回は、マーティンさんがボードメンバーを務める「Merlin」の国際会議のために来日されたそうですね。どんな団体なのか教えてもらえますか。

マーティン:Merlinはライセンス契約のために立ち上げた集団組織で、元々はインディレーベルが(ストリーミングサービスなどを含む)デジタル・プラットフォームと対等に契約交渉できるようにするための団体です。2007年に発足して、現在では20億ドル(約2170億円)以上の規模になるほどの大成功を収めています。今回の国際会議に関しては、私は明日(取材日の翌日)から参加するのですが、各国から様々な人が集まってネットワーキングをしたり、音楽についていろいろな方と話し合ったりする場になると思います。

平成31年1月30日「知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会コンテンツ分野会合(第3回)議事次第」より(引用元:首相官邸ホームページ)。Merlinが還元している売上は、世界のデジタル音楽市場の15%以上を占有。3大メジャーレーベル(ユニバーサル、ソニー、ワーナー)に次ぐ音楽組織となっている。日本ではMerlin Japanが2016年に開業。

ーMerlinの設立から10年以上が経過し、SpotifyやApple Musicのようなストリーミングサービスが定着した現在、アーティストに利益を還元する構造は十分に構築されていると言えそうですか?

マーティン:はい、もちろん還元されていると思います。少なくともMerlinはかなり透明性を保っていますし、かなり良い還元率でアーティストに戻しているので、その点はしっかりしていると思います。ただ問題なのは、メジャーレーベルから過去にリリースされた、ヘリテージ作品といわれているものなんです。それらのデジタルの還元率はまだまだ低いので、そういった昔の作品の還元率がもう少し改善されてほしいですね。とはいえ、今日の市場はアーティストにとってはかなりやりやすい環境が整っていると思います。デジタル配信するプラットフォームの選択肢もいろいろ揃ってきてますしね。

ーケースバイケースだとも思うのですが、実際のところアーティストへの還元率はどういった感じなのでしょう?

マーティン:何パーセントか、はっきりとは答えられません。と言いますのもいろいろな要素がありまして、たとえばSpotifyで1カ月ごとに10ドル支払っていたとしますよね。で、その人が1カ月に1曲だけ聴くのか、100曲を聴くのか、はたまた1000曲を聴くのかで還元率も変わってきます。10ドル払って1曲を1回だけしか聴かなかったとしたら、その1回には10ドルという価値があるということになりますので。

平均的なレートは、100回のストリーミングで大体1曲分のお金が還元されるくらいです。ただし、国やジャンル、リスナーによっても異なります。先ほどのような例もあって、状況に応じて変わってくるわけです。

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