音楽愛とビジネスは両立できるのか? 世界最大手インディレーベル創始者に学ぶ

ーベガーズ・レーベルはもともと、マーティンさんが経営していたレコード店が出発点だったんですよね。当時と今を比べて、音楽を売るのはどちらが簡単そうですか?

マーティン:レコード店を始めた頃は、とても簡単に音楽が売れたんです(笑)。主にパンクを扱っていましたが、熱狂的なリスナーがいたので、何かを出せば売れるのが当たり前のような感じでした。それから音楽業界を取り巻く状況がいろいろと変わって、今はストリーミングの占める割合が大きくなっていると。そのおかげで収益そのものは増えましたが、その反面、お金が戻ってくるタイミングが遅くなりました。例えばストリーミング以前ですと、発売1週間で5000枚が売れていたのに対し、今は売上の75%くらいがストリーミングで賄われていますので、還元されるタイミングがちょっとズレ込むようになった。それによって、投資の仕方というのも少し変わってきました。


ベガーズ・バンケット初のリリースとなったラーカーズのシングル「Shadow」

ーベガーズ・バンケットが1977年に立ち上がってから、最初にヒットしたのがゲイリー・ニューマンでした。

マーティン:当時は私たちの店でアーティストと契約していたのですが、あるとき彼のバンドのベーシスト、ポール(・ガーディナー)が「デモを聴いてください」とお店にやって来て。聴いたらかなり良かったので契約することにしました。当時のゲイリー・ニューマンの音楽はもっとギター寄りでしたが、彼が2ndアルバム(全英1位になったチューブウェイ・アーミーの『Replicas』)を録音する時に、スタジオでムーグのシンセサイザーを見つけたんです。それをすごく気に入って、買ってくれとせがまれて。1台買わされて、さらにもう1台買わされて(笑)。それでアルバムを作ったところ大ヒットになったという感じですね。



ーその後、1980年に4ADを立ち上げられたわけですが、設立者のアイヴォ・ワッツ=ラッセルはあなたから見てどんな人物でしたか?

マーティン:アイヴォは道徳心が強いというか倫理観のある人で、音楽に対して情熱的かつ批評的で、新しい音楽や自分が好きな音楽を見つけることに対する探究心を持っている人です。ベガーズ・バンケットでゲイリー・ニューマンが成功したのは素晴らしいことだったのですが、私たちが本来やりたいと思っていた方向性からは少しズレてしまったような感覚もあって。それをリワインドするために4ADを設立しました。元々はアーティストが(ベガーズ・バンケットと)自由に行き来できる場にするつもりでしたが、それを実際にやったのはバウハウスだけでしたね。その後は4AD独自のカラーが出来上がっていったので、そちらを発展させていくことにしました。




ー1989年にXLレコーディングスを設立し、現在もオーナーとして活躍しているリチャード・ラッセルについてはいかがでしょう?

マーティン:私のパートナーは面白い人が多いんですけど(笑)、リチャードは音楽とビジネス、両方の才能を持ち合わせた素晴らしい人だと思います。最近はビジネス面をストップさせて、スタジオで暮らしながら音楽漬けの毎日を送っているのですが、彼からはいい刺激をもらっていてお互いに学んだことがたくさんあります。もう25年のパートナーシップになるなんて信じられないですね。XLは彼のレーベルですので、私はあまり口を出さないようにしているんです。彼が音楽面を担当して、ベガーズは業務面やリリースの計画などをサポートしています。一緒に事業をやるというと、例えば友人どうしとか似た者どうしでビジネスを始める場合が多いと思うのですが、私とラッセルの場合はバックグラウンドも世代も違いますし、交友関係も違いますので一緒に遊ぶということはありません。ただその分、仕事のパートナーとしてはすごく上手くいってます。



ー4ADは一時期停滞していましたが、2008年に現社長のサイモン・ハリデイに替わってから、ディアハンターやグライムスなどの活躍もあって復活しましたよね。XLも最初はクラブ系のレーベルだったのがビッグになって、アデルのようなメガヒットも生み出しています。共にレーベルの性質が大きく変化してきたように思うのですが、あなたはその移ろいをどのように見ていますか?

マーティン:常に変化すべきだと思っています。私たちが考えるグループレーベル方式のメリットは、5つのレーベル(4AD、マタドール、ラフ・トレード、XL、ヤング・タークス)に異なるフェーズとサイクルがあること。それぞれのレーベルで(タイミングをずらしながら)良い波をキャッチしたり、落ち着いたら時間をかけて考えたりすることができるわけです。

例えば、XLはアデルやジャック・ホワイトといったメジャーな音楽を輩出してきましたが、最近はエレクトロニック・ミュージックに再びフォーカスしたり、アンダーグラウンドに戻っています。

ーXLが大躍進を果たした2000年代後半〜2010年代初頭は、メインストリームよりインディのほうが強かった時代でしたよね。でも、今はメインストリームが強いからアンダーグラウンドに回帰すると。そうやって常に「オルタナティブ」を引き受けてきたわけですね。

マーティン:4ADもアイヴォの時代から現社長の時代へと長い時間をかけて変化してきましたが、やはりアイヴォの精神を引き継ぐことが大事にされていますし、それが遂行されていると思います。グライムスは昔の4ADと今の4ADをコネクトしてくれたはずですし、4ADは常に女性ヴォーカルを大切にしているイメージが強いと思うのですが、最近もオルダス・ハーディングやビッグ・シーフなどが出てきて、4ADらしさというものがしっかり引き継がれている。

大切なのはバランスです。私たちはいくつかのレーベルを所有していることで余裕があり、そのおかげで「これを絶対売らなければならない」「常にリリースや創作活動をしなければならない」といったプレッシャーがない。静かにしていたい時期はそれでもいいんです。


現在のXLを代表するアーティスト、キング・クルールは2月21日にニューアルバム『Man Alive!』をリリース予定


グライムスは2月21日にニューアルバム『Miss Anthropocene』をリリース予定

ーブランクを保つ余裕があるからこそ、次のピークをまた迎えられると。

マーティン:そうです。ただ、2020年はXLにとってビッグイヤーになると思います。どこまで言っていいのか把握できてないのですが……(筆者注:このあと驚きのアーティスト名が挙がったが、情報解禁前のため割愛)。

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