1987年、ASKAのソロデビューシングル「MY Mr. LONELY HEART」
田家:1986年公開の映画『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』の主題歌。作詞は安井かずみさんで、作曲は加藤和彦さん。これは作品集の1・2には収録されていませんでしたね。でも拓郎さんは瀬尾さんがリーダーだったビッグバンドのツアーでもこの曲をやられていて。そしてこの『音楽と契約した男 瀬尾一三』という本には、吉田拓郎さん、中島みゆきさん、中村中さんからの寄稿。吉田拓郎さんは何を書かれていたんですか?
瀬尾:大笑いの話ですよね。僕も忘れてたのによくもまあそんなこと覚えてたなってなるような(笑)。
田家:あの人覚えてないっていう割に結構しっかり覚えてますからね。
瀬尾:そうなんですよ、僕の大失敗について書かれてますね。
田家:どんな内容かは是非本を手に取ってご覧になってください(笑)。お聴きいただいたのは、『時代を創った名曲たち 3~瀬尾一三作品集 SUPER digest~』より10曲目、吉田拓郎と加藤和彦さんで「ジャスト・ア・RONIN」でした。続いて11曲目です、1986年発売の森川美穂さんで「姫様ズーム・イン」。作詞がちあき哲也さんで作曲が小森田実さん、ミノルタカメラのCMソングにもなっておりました。
瀬尾:(急に笑い出す) 何を笑ってるかと言われますとですね、すいません何も覚えておりません。森川さんは覚えているんですけどね。
田家:でも森川美穂さんはヤマハの方ですもんね、瀬尾さんとヤマハの付き合いは長いですねえ。
瀬尾:そうですね、1番最初はNSPだったんですけどね。
田家:ヤマハといえば先週お話されていたCHAGE and ASKAの世界歌謡祭のアレンジの話とかデビューシングルの話もありましたが、その前にNSPもやられていたんですね。それはどういう経緯で?
瀬尾:もう亡くなってしまったNSPの天野くんからオファーがあって一緒に仕事してましたねえ。そこから次は誰、次は誰っていういう風に決まっていきましたね。
田家:なるほど。ヤマハには音楽シーンの中で新しい音楽に果たした役割が確実にありますよね?
瀬尾:その当時、既成に出来上がっていた会社とは別の動き方ですよね。振興会っていう団体の役割もあったと思うんですけども。
田家:NSPも東北から出て来ましたし、まだ実績もなくルートもない地方の音楽やりたい人にとってヤマハっていうのが最大の入り口になったましたね。
瀬尾:そうですね、九州から北海道、名古屋とかいろいろなところから発掘してくるベースとして振興会を作ったのかもしれませんね。
田家:それは現場でそういうことやってる人たちの中に、新しい音楽を作る、発掘するんだっていう意識があったんでしょうか?
瀬尾:それもあるし、そこの中での競争もあったから皆が探してきたもの、育てたものを中央に持っていくっていう動きもありましたね。
田家:なるほど。この話は次のアーティストの話にも繋がっていきますね。お聴きいただいたのは森川美穂さんで「姫様ズーム・イン」でした。続いて12曲目です。1987年、ASKAのソロデビューシングル「MY Mr. LONELY HEART」。先週の話では、CHAGE and ASKAのデビューシングル「ひとり咲き」も瀬尾さんが手掛けていらして、そのイメージを脱却していくのは苦労しただろうなっていうお話でした。
瀬尾:自分なりにソロっていうことでは考えまして。
田家:色々相談したりもしたんですか?
瀬尾:そうですね、僕の中でもCHJAGEとASKA二人でやるのと一人でやることの区別化を図りたかったっていうのもあって。それでもしかして、CHAGE and ASKAの色をやってしまったら彼のソロでは亡くなってしまうので。彼のソロをどうするかっていうのは結構考えましたね。
田家:これはASKAさんご自身もお話されていましたけど、ソロをやるかってずっと言われていたけど、自分の中でやっちゃいけないんじゃないかと思ってしばらくやっていなかったと。
瀬尾:うんうん、やっぱり二人でしかできないものもあるけども、一人でやってみたいってのもあったと思うんです。ASKAのソロアルバムの中に「蘇州夜曲」っていう有名な曲があって。ああいうのは二人では歌えないから一人でやってみたかったのかなって思いますけどね。本当は今回のコンピレーションにも「蘇州夜曲」を入れて欲しかったんですけどね、大人の事情っていうやつで(笑)。
田家:権利関係とか色々ありますもんね。このコンピレーションアルバムには、CHAGE and ASKAのデビュー曲とASKAソロのデビュー曲も収められていて、そういう意味では時間の流れもあっていい選曲ですよね。
瀬尾:じゃあ選曲した人にそうやって言っておきます(笑)。
田家:でもそういうデビューをサポートしてるっていう感覚はあります? 例えば父親のような感覚。
瀬尾:数年経ってから思ったことなんですけど、デビューに僕が参加させてもらうことは、その人達の人生に自分が果たして関わっていいのかっていうことで。昔はそう思ってなかったんですけど、10年くらい経って責任重大だなっていう思いがふつふつと沸いてきて怖くなった時期もありましたね。
田家:なるほどね。お聴きいただいたのはASKAで「MY Mr. LONELY HEART」でした。