アンディ・シャウフが静かに提示する、シンガー・ソングライター表現の新しいかたち

2016年の『The Party』を最初に聴いた時、僕はアンディ・シャウフの歌が出てくる前にやられてしまっていた。1曲目の「Magician」はワンコードの演奏が続くイントロが1分近くもあるのだが、その雰囲気がすでに最高だったのだ。

アンディ・シャウフは様々な楽器をこなすマルチ・プレイヤーで、『The Patry』ではストリングス以外のすべての楽器を一人で演奏している。だが、アルバムにはベッドルーム・ミュージック的な感触はあまりない。それもそのはず、レコーディングはレジャイナのスタジオ・ワンというニーヴ・コンソールを備えた大きなスタジオで行われている。そこでシャウフはドラム、ベース、ピアノ、ギター、クラリネットなどをひとつひとつ演奏して、重ねていったのだ。




アコースティック楽器中心のサウンドには突飛なところは何もない。だが、近年のシンガー・ソングライター作品の中でも『The Patry』が際立って魅力的に響いた理由は、器楽的に考え抜かれた、別の言い方でいえば、アレンジと一体となったソングライティングがそこにあるからだろう。ヴォーカルが出てくる前にこのアルバムはヤバイという予感で僕が満たされたのも、それゆえだった

ライヴではアンディ・シャウフはギターを弾きながら歌っていることが多い。だが、彼の楽曲は所謂フォーク・スタイル——ギターで何かコードを鳴らしながら、浮かんだメロディーや言葉を紡いでいくような形——では作られていないように思われる。ギター弾き語りにバンド・サウンドを加えていくのが、アメリカ的なフォーク・ロックの基本だとしたら、彼の音楽はそこに当てはまらないと言ってもいい。器楽的なアンサンブルが入念に構成され、舞台が完全に整ったところで、ギターを持ったシャウフが現われて、歌い出す。そういう図が見えるのだ。

シャウフのバイオグラフィーを読んでみると、彼はミュージック&エレクトロニクスのストアを経営する両親のもとで育ち。早くから様々な楽器に親しんだという。子供時代には両親とともにクリスチャン・ミュージックを演奏していたそうだ。彼にとって、とりわけ重要な楽器はクラリネットのようで、『The Patry』の前作に当たる2015年のアルバム『The Bearer Of Bad News』のイントロダクションはピアノとクラリネットのアンサンブルに始まる。シャウフの歌メロが放つ手垢のついていない叙情性は、クラリネットほかの楽器で作った部分が多いからではないかとも思われる。



そのへんのことが想像しやすくなったのは、2018年のフォックスウォレンのアルバム『Foxwarren』を聴いたからだった。アンディ・シャウフがギターを弾きながら歌っているという点では、彼のソロ作と大差はないようだが、アンサンブルの在り方は微妙に違う。たぶん、ライヴを重ねる中で、メンバーに委ねる部分を多くすることを考えたのだろう。ギター・パートなどはアドリブを含めた呼吸感重視で作られているように思われる。ウィルコっぽいバンド・サウンドと言ってもいい。アグレッシヴな実験性も香るが、それはオーバー・ダビングやミックスで凝らされたもので、すべてが事前にアレンジしてあるようなソロ作のプロダクションとは異なるものだ。



2019年にはアンディ・シャウフはアルバムを発表しなかった。だが、僕は彼の『The Party』に通ずる志向性を他のシンガー・ソングライターの作品の中に感じていた。器楽的に考え抜かれた歌もの、という感覚だ。年間ベストテンの一枚に選んだフェイ・ウェブスターのアルバム『Atlanta Millionaires Club』もそうだった。スティール・ギターを効果的に使ったサウンドは、歌が出てくる前にすでに印象的なメロディーが舞い始める。キーボードとユニゾンのヴォーカル・リフレインなども、ギター弾き語りを基本とするようなシンガー・ソングライター作品にはない意匠だ。

アトランタ出身のフェイ・ウェブスターはシンガー・ソングライターとして活動を始める以前はヒップホップのサークルに身を置き、フォトグラファーとしても活動していたそうだ。ストーリーテリングを重視した歌詞を含め、楽曲に対する俯瞰的な視点を感じさせるのは、そんな経歴とも関係しているかもしれない。


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