米国の人種間分断、ハーフタイムショーでラテン系歌姫が出演した理由

米現地時間2月2日にフロリダ州マイアミのハードロック・スタジアムで開催された米プロフットボールNFLのペプシ・スーパーボウルLIVハーフタイムショーでパフォーマンスを披露したシンガーのジェニファー・ロペスとシャキーラ。 LARRY W SMITH/EPA-EFE/Shutterstock

第54回スーパーボウルのハーフタイムショーに出演したジェニファー・ロペスとシャキーラ。世界で最も有名なラテンミュージックの二人の歌姫は、堂々たるパフォーマンスでアングロサクソン系米国人とヒスパニック(中南米系)を魅了し、現在のアメリカにはびこる「人種の分断」に立ち向かった。

今年のスーパーボウルLIVハーフタイムショーのヘッドライナーを飾ったのは、ひとりではなく、ふたりの歌姫だった。これ以上の興奮なんてあり得ない。南米コロンビアのバランキージャが生んだラテン系ロック&ポップクイーンのシャキーラと、カリブ海のプエルトリコと米ニューヨーク州ブロンクスをルーツに持つスーパースターのジェニファー・ロペスが米現地時間2月2日の夜、フロリダ州マイアミのハードロック・スタジアムに降り立ち、“忘れられそうにない”パフォーマンスを披露した。

「ラティーナ(ラテン系女性)である私たちふたりがスーパーボウルのハーフタイムショーのヘッドライナーを務めるのはとっても意義のあることだと思う」とロペスは米ロサンゼルス・タイムズ紙に語った。「いまのトランプが支配するアメリカでは特にね」

ロペスのコメントにも関わらず、スーパーボウルのハーフタイムショーの数カ月前から歌姫たちのファンとアンチは、ふたりがNFL主催イベントへの参加に同意したことを非難した。彼らは、サンフランシスコ・フォーティナイナーズの元クォーターバック、コリン・キャパニック(2016年に黒人に対する人種差別に抗議し、米国国歌の斉唱時に起立を拒んで膝をついたことで有名)の強制的な退団を引き合いに出し、リアーナやカーディ・Bをはじめとする一部の黒人アーティストがハーフタイムショーへの出演を熱望されていたにも関わらずオファーを断ったことに言及した。表現の自由を行使したせいでキャパニックがいまも試合に出られないなか、NFLのハーフタイムショーに出演するなんて、自分だけがピケラインを突破する裏切り行為のようだ、というのが一部の批判者の言い分である。

いまやエンターテイメント業界の大御所となったラッパーのジェイ・Zは、キャパニックへの支持を表明し、NFLをボイコットした人物のひとりだ。だが、それも2019年までのこと。同年、NFLはイメージアップを目的にジェイ・Zが設立したエンターテイメント会社、ロック・ネイションにパートナーシップを持ちかけ、マイアミで行われるスーパーボウルのハーフタイムショーのために多彩なアーティストを揃えてほしいと依頼した。社会正義のために闘う草の根運動家への1億ドル(およそ110億円)の補助金を約束した“インスパイア・チェンジ”というNFLイニシアチブとの相乗効果もあり、ジェイ・ZはNFLの提案を受けるに値する挑戦と判断した。イベントの開催場所であるマイアミの70%を占めるヒスパニック住民に敬意を表し、ジェイ・ZはJ. Loことジェニファー・ロペスとシャキーラというもっとも有名なラティーナを直ちに起用したのだった。

インターネットでは、ラテン系と非ラテン系の言葉の小競り合いがスーパーボウル当日まで続いた(「白人の価値観を受け入れたふたりのラティーナが黒人コミュニティの仲間として立ち上がり、スーパーボウルでのパフォーマンスを断ったとしたら、ラテン系コミュニティにとってこれ以上パワフルな瞬間はない」と2019年に作家・パフォーマーのメラニア・ルイーザ・マルテがラテン系メディアRemezclaに投稿した)。キャパニックが所属していたサンフランシスコ・フォーティナイナーズが今年最大のフットボール試合でカンザスシティ・チーフスと対戦するなか、インターネットでは、キャパニック不在を嘆く声が絶えなかった。多くの人は、ラテン系コミュニティの代弁者の増加を享受することは、黒人コミュニティに対する裏切り行為だと感じたのだ。こうした緊張感は、とりわけ黒人ラテン系コミュニティにおいて強く感じられた。今回のインクルーシブなハーフタイムショーは、黒人活動家を黙らせるためのシニカルな手段だったのだろうか? それとも、米国の社会的変革を実現するためのきっかけとなるのだろうか? ハーフタイムショーが続くにつれて、筆者はますます頭を抱えた。というのも、どちらの問いに対しても答えはシンプルに「イエス」なのだから。

米国のポップカルチャーという観点から見ると、今年のハーフタイムショーは間違いなく、ラテン系米国人にとって重大な転機となる瞬間だった。シャキーラとジェニファー・ロペスが髪をブロンドに変え、米音楽シーンのメインストリームにおける英語とスペイン語のバイリンガルラテンポップの需要増加に貢献してからおよそ20年が経ったいま、スーパーボウルデビューによってふたりは自らの出発点に戻ったのだ。それに加え、J・バルヴィンやバッド・バニーといった新世代のラテン系ギャングスタ・ラッパーを起用したのは見事な判断だった。ともに近年のグラミー賞にノミネートされた経歴を持つJ・バルヴィンとバッド・バニーは、今日もっとも多作なヒットメーカーのふたりなのだから。今年のハーフタイムショーの重要性を理解していたのか、両者は授賞式には参加せず、道を切り開いてくれたふたりの女性たちと週末は極秘でマイアミでのリハーサルに励んでいたのかもしれない(だが、ハーフタイムショーのヘッドライナーを初めて務めたラティーナはシャキーラでもロペスでもないことを指摘しておかなければならない。記念すべきその人物は、1992年にミネソタ州ミネアポリスで極寒のなか「オン・ユア・フィート!」を歌ったキューバ生まれの米国人、グロリア・エステファンだ)。

Translated by Shoko Natori

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