LOW IQ 01の青春時代「ちょっとだけ大人に近づいた1985年」

ー受験の年だったわけですが、音楽に対してはどういう思いで臨まれていました?

気持ちがちょっと大人になったというか。中2は一番楽しかったし何も考えなくて良かったんだけど、中3は学年が一番上だしね。当時のバンドメンバーと出会ったのは中学の時で、初ライブももしかしたら1985年だったかもしれない。初ライブは目黒の住区センターっていう施設みたいな場所を借りてやりました。自分たちでお金集めて機材とかも準備してさ。

ー当時からオリジナルの曲をやっていたんですか?

いやいや、コピーだったよ。ピストルズとか当時流行った音楽をやっていて。パートはギターだったな。学校の行事とは違う、自分の好きなことで私服着て後輩集めて、チケットも500円とかで売ったり。それが初ライブだったかな。他には、NHKで『インディーズの逆襲』っていう、LAUGHIN’ NOSEとかThe Willardとか、ばちかぶりとか日本のインディーズを取り上げる番組があって、それの衝撃もデカかったかな。それでこう、日本のバンドのレコードを買いに行くわけよ。三軒茶屋のFUJIYAMAっていうレコード屋に行ったり、目白のおばちゃんがやっているインディーズを扱うレコード屋に行ったりとか。中2に比べると音楽活動がワンランク現実になっていくというか、ここから行動に移し始めるところだったかも。



ー日本のパンクやロックシーンのレコードを買うようになって1985年にハマった音楽って何ですか?

うち兄貴がいるから、ほとんどレコードあったのよ。でもLAUGHIN’ NOSEだったら、『PUSSY FOR SALE』っていうメジャーの前のやつかな、当時でもうプレミアついちゃってたからさ。THE STALINの『trash』とかも高かったしね。で、この当時からライブハウスにも行くようになるしね。渋谷のライブハウスによく行ってたなあ、La.mama、屋根裏とか目黒の鹿鳴館に先輩のライブよく観に行ってた。あとツバキハウスに外国のバンドがよく来ていた年でもあるんだよ。トイドールズ、GBH、カオスUKとかサイキックTVとかはツバキハウスのイメージがある。トイドールズは見に行ったなあ。

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