グライムスが明かす、自身の素顔と超越したヴィジョン「カオスこそが私のブランド」

プロデューサーとしての制作風景

翌日の午後、ロサンゼルスの逆側にある別の家に滞在していたcは、キッチンのカウンターに腰掛けて足を組み、タトゥーの入った左手で膨らんだお腹に触れている。昨日と同じスウェットパンツを履いている彼女は、ひだのついた紫のトップスについて「中世のスラッシュ系サイバーヴァイブス」と形容する。ブロンドウッドで統一された床や壁、たっぷりと差し込む太陽の光、様々な本(『The Art of Overwatch』 『Something Deeply Hidden: Quantum Worlds and the Emergence of Spacetime』 『Modern Poker Theory』、Thomas Piketty著『Capital』等)に彩られたこの家は彼女の創作活動の拠点であり、アルバムのクレジットにはMedia Empire HQと記されている。リビングにあるテーブルの下には酷使に耐えうるゲーム用コンピューターの数々が並んでおり、紫色の光と不快な熱を放ちながら、「Delete Forever」のミュージックビデオに使われるコンピューターアニメーションを1分1フレームのペースでレンダリングしている。その映像では宇宙空間をバックに、ある惑星の女王に扮した彼女が玉座に腰掛けている(その玉座が80年代に一世を風靡したアニメ/漫画『AKIRA』へのオマージュであることは明らかだ)。



姉に負けず劣らず知的かつおしゃべりであり、ハンサムでSoylentとスポーツをこよなく愛すマックは、「Delete Forever」のMVを含め、グライムスの作品におけるテクニカル面を支える友人のNeil Hansenと並んで座り、コンピュータのディスプレイを見つめている。「世界が炎に包まれる中で、cが宮殿で宝石を数えるっていうのが当初のコンセプトだった」姉のピンク色のギターの隣にある回転椅子に座り、バスケットボールを弄んでいるマックはそう話す。彼らは妖精たちが死滅するシーンの追加を検討しつつも結局見送ったが、それは決してMVの平均視聴時間が12秒であるというデータが理由ではない。宇宙の玉座についた彼女が世界の終わりを見届けるという、cの人生観を部分的に反映しているシナリオを描いたロングショットに限定する、それが彼らの出した結論だった。

妊婦向けのスナック菓子を探してキッチンの棚をひっかきまわした後、彼女はアニメーションの進行具合をチェックした。「これマジでイイよね」彼女は玉座の背後に広がる天体を見つめながらそう言った。「月がすごくクール。でもひとつ余分かな?」

部屋の逆側にあるソファの上に身を投げ出すと、彼女はラップトップを手にし、アルバムの最後を飾るバラード「Idoru」のリリックビデオの編集作業を始めた。スタジオの端には、ウィリアム・ギブスンによる同名の小説が置いてある。友人に改めて勧められて同書を読破した彼女は、「I Adore You」というシンプルなタイトルが付けられていた同曲の曲名を変更した。(数週間後、そのタイトルの所以を知ったファンたちの間で同書が広まり始めると、あるユーザーはその本がギブスンの娘であるClaireに捧げられたものであるという事実を指摘した。ギブスンは娘の名前がClaireというだけで、グライムスとは何の関係もないと明言し、cはこうツイートした「奇妙な偶然よね」)



その時点では50パーセント程度の仕上がりだと思われたそのビデオは、芸者風ルックで歌うグライムスの姿をメインにしつつ、時折アニメやCGの映像が挿入される。彼女はその場で、桜吹雪を模したエフェクトでそれらの映像に整合性を持たせるというアイディアを考えついた。MacBookを操作して数分のうちにそのアイディアを形にすると、一連の映像は見事にインテグレートし、ビデオの完成像がはっきりと浮かび上がった。

Translated by Masaaki Yoshida

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