ジョン・レノン、ラスト・インタビュー|未公開版完全翻訳

ローリングストーン誌の表紙を飾ったジョン・レノン(Photo by Annie Leibovitz)


ー自分の妻や誰かほかの人間にアルバムの半分を委ねたロックンロールのスターは、私の知る限りいなかったと思います。とてもユニークです。

このようなやり方は今回が初めてだ。以前一緒にアルバムを作ったことはある。『Live Peace in Toronto 1969』ではA面が僕、B面がヨーコという構成だった。でも『Double Fantasy』は共同作品だ。ジョン&ヨーコとして蘇ったんだ。元ビートルズのジョンとヨーコ&プラスティック・オノ・バンドではなく、完全に2人だけの作品だ。アルバムが売れなければ、ジョン&ヨーコの音楽に誰も興味を持たなかったんだんだな、というスタンスだった。或いはもうジョンはお呼びでないか、ジョンとヨーコの2人は見たくないのか、もしかしたらヨーコひとりが見たいのかもしれない。でも僕ら2人が受けるか受けないかには関心がなかった。デヴィッド・ボウイやエルトン・ジョンなんかとスポットで組んだことはあるが、僕のキャリアを通じて一緒に組んだのは、ポール・マッカートニーとオノ・ヨーコの2人しかいない。僕がポールをビートルズの前身であるザ・クオリーメンに引き込んだ。そしてポールがジョージを連れてきて、ジョージがリンゴに声を掛ける、いった具合さ。そして僕が次にアーティストとして興味を持ち、一緒に仕事できると思ったのがオノ・ヨーコさ。悪い選択ではないと思う。

今はファンが唯一の判断基準だ。小規模や中規模でもいいのだろうが、僕としてはもっとたくさんのファンの前でやりたい。僕の将来は美術学校時代に決まった。もしも画家の類になるのなら、屋根裏に籠って小さな作品を描き続けて一般には公開しないというタイプではなく、自分の作品はできるだけ多くの人に見てもらおうと決めたんだ。

美術学校へ入学した時、周りは芸術家気取りの奴ばかりだった。特に男子はジーンズに絵の具を塗りつけて、格好だけは画家だった。そいつらは絵筆にやたらと詳しくて、芸術的な美学について得意げに語り合っていた。でも彼らは結局、美術の先生になったり趣味の日曜画家にしかなれなかった。美術学校では、女の子とアルコール以外楽しいことはなかった。カレッジライフを満喫したが、美術に関してはこれっぽちも学ばなかった。

著作『In His Own Write』やアルバム『Walls and Bridges』のアルバムカバーやインナースリーヴ、それからすぐにあなたのものとわかる「レノネスク」の漫画のように、あなたの絵はいつもユニークで楽しい感じです。

『Walls and Bridges』の絵は、10歳か11歳の頃に描いたものだ。でも美術学校では、そんなセンスを僕から取り除こうとした。僕が思い通りに描こうとするのを止めさせようとしたが、そうはいかない。でも漫画以上のものを描こうとは思わなかった。漫画家というのは、画家として失敗するのが嫌な、クリエイティヴな才能に恵まれた人間だというのを聞いたことがある。だから彼らはコメディーっぽく描くんだという。僕の場合は、日本の水墨画に近いんだ。上手く描けなければ破り捨ててしまえばいい。ヨーコと出会った時に、彼女がそんな考え方を僕に植え付けてくれたんだ。彼女は僕の絵を見て言った。「日本的ね。あなたのやり方を変える必要はないわ。これこそ正にあなたのやり方なのよ!」ってね。

ヨーコと僕の生まれ育った環境は違うが、伝える手段を必要としている点は共通している。僕に媚びへつらって付いてくるちっぽけな一部のエリート集団には興味がない。僕が関心あるのは、それが言葉であれ作品であれ、できる限り全力で伝えること。僕の場合はそれがロックンロールなんだ。窓の外を通り過ぎるキリンを眺めている感じさ。普通の人は物事の一部分しか見ようとしない。でも僕は全体を見ようと心がけている。自分の人生だけでなく宇宙全体、つまり全部を見るのさ。それが大事だろ? だから組む相手がポールだろうがヨーコだろうが、同じ結果になるんだ。自己表現でも会話のキャッチボールでも、或いは植物のように花を咲かせては枯れ、咲いては枯れの繰り返しでも結果は同じさ。

ーヨーコの楽曲「Hard Times Are Over」では、ヨーコのヴォーカルの裏にゴスペルのようなコーラスが聴こえます。

聖歌隊(編集註:ザ・ベニー・カミングス・シンガーズ・アンド・ザ・キングス・テンプル・クワイヤー)が歌っている。とても美しい歌声だ。録音する直前に、聖歌隊の全員が突然お互いの手を取りひとつに繋がった。それを見たヨーコは涙を流していた。正に僕らの気持ちが通じたと思って感動したよ。キリストであれブッダであれ、僕らは気にしない。聖歌隊が「イエス・キリストと神に感謝します」と手を繋いだので、僕は「テープを回せ! 録音できているか?」と叫んだ。「イエス・キリストと神に感謝」し、歌が始まった。

レコーディングが終了すると、聖歌隊は神に感謝し、そして共同プロデューサーのジャック・ダグラスにも感謝の意を示した。彼らは作品に参加できたことを喜び、我々も彼らに感謝の気持ちを伝えた。聖歌隊の礼拝を間近で体験したのは初めてだった。フィル・スペクターがよくゴスペルについて話していたので、一度経験してみたいと思っていたんだ。でもこれまでは勇気が出なくてね。とても素晴らしかった。毎日スタジオへ通いプレッシャーのかかる中で、その日はとても良い日だった。子どもたちが集まり、食事やクッキーを与え、歌い、「神を賛美」する。とても見事だった。あの曲のレコーディングの聖歌隊は圧巻だった。

ーアルバム『Double Fantasy』には不思議なサウンドコラージュも聴こえます。あなたの「Watching the Wheels」とヨーコによる魅力的な1930年代風の「Yes, I’m Your Angel」の間の部分です。売り子らしき声と馬の蹄と馬車の音に続き、レストランのドアの軋む音がして、室内ではピアノとヴァイオリンによる演奏が聴こえてきます。

説明しよう。声のひとつは僕が「神のお恵みを。お願いです、どうぞ恵んでください。あなたには幸運の相が出ています」と言っているんだ。イギリスのホームレスがよく使う言葉さ。それを僕がつぶやいている。その後の音は、ヨーコと僕が“ストロベリーとヴァイオリンの部屋”と呼んでいるプラザホテルのパームコート・レストランで録った音を編集したものだ。僕らは時々パームコートを訪れて、古いヴァイオリンの曲を聴きながらイチゴのデザートとお茶を楽しんでいる。ロマンティックな空間さ。冒頭の音は、行き交う車をただ眺めているハイドパークの片隅でよく見かけるホームレスがいて、通りがかりの人たちが帽子にコインを投げ入れる様子を、スタジオで再現したんだ。みんなで歩き回って帽子にコインを投げ入れ、ホームレスが「ありがとう、ありがとう」と言う。それからニューヨークの街を馬車で流してホテルに着くと中ではヴァイオリンの演奏が聴こえ、女性歌手が天使の歌を歌い出すんだ。

ーヨーコが「I’m in your pocket/You’re in my locket/And we’re so lucky in every way」と歌う「Yes, I‘m Your Angel」の次に、あなたの美しい曲「Woman」が続きます。「Woman」は、中世の女性に宛てたトルバドゥールの詩のようです。

「Woman」は、バミューダ滞在中のある晴れた午後に突然浮かんだ曲だ。ヨーコが僕に尽くしてくれることというよりは、女性全般のことを歌っている。もちろん、僕はいつでも歌にあるようなことを考えているけれど、内容は世界共通のものだと思う。普段は当たり前のように感じて見過ごしていることを、あらためて認識したんだ。曲の冒頭で僕が囁いているように、空の半分は女性が占めている。つまり、それで「我々」が成り立っているんだ。それから別に意識した訳ではないが、この曲はビートルズの作品を連想させる。かなり前に作った「Girl」の時も、同じようにアイディアが溢れ出てきてできあがった。「Girl」が成長して「Woman」になったんだ。

Translated by Smokva Tokyo

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