新型ウイルスの恐怖を描いた映画『コンテイジョン』が再注目された理由

スティーブン・ソダーバーグ監督の2011年の映画『コンテイジョン』に出演したジェニファー・イーリー

パンデミックが広がっていく様子を描いたスティーブン・ソダーバーグ監督の2011年の映画『コンテイジョン』が、新型コロナウイルス時代の必見作となった理由を紐解く。

始まりは、ひとりの咳だったーー。誰もが何百万回と耳にしたことのある音だ。誰かが地下鉄車両の手すりに触れる、クレジットカードを差し出す、電話を手渡す……これらもまた、誰もが何百万回と目にしたことのある光景である。ただ、かすれた咳の音とともに映し出される画面は真っ暗で、観ている人の意識はこの音に集中させられる——どことなく不吉な咳の音に。ちょっと待って、咳をしているのはグウィネス・パルトロウだ。あなたはほっと胸をなでおろす。パルトロウは空港にいる。椅子に腰かけ、携帯電話で誰かに話しているのだ(電話相手の声はスティーブン・ソダーバーグ監督)。「帰路に着く前に声が聞けて嬉しいわ」とパルトロウが言う。ラウンジで皿に入ったナッツとビールを楽しみながら、違法なカジノ遊びに関するたわいないおしゃべりに興じるアカデミー主演女優の姿。すべては順調だ。

よくよく見るとパルトロウの顔色が少し悪い。それに汗もかいているようだ。そんなことをいったら、ロンドン在住のあのウクライナ人モデルも、東京勤務のあのビジネスマンも、香港の九龍を走る電車に乗っているあの男もそうだ。かなりひどい咳をしているじゃないか。大切な人を抱きしめたり、混雑したエレベーターのなかで身を寄せ合ったり、公共交通機関を利用したり、屋外の海鮮市場を歩いたり……そこで初めて、あなたは人間同士が何気なく行っている接触を気にしはじめる。こうした触れ合いは無害すぎるあまり、普段は気にも留めないのに。だが、日常生活で行われる何気ない接触は、後になってあなたの記憶によみがえってくる。導入シーンで映し出される、こうした人々が生活する都市の人口が数百万単位であることと一緒に。相当な死者数になるだろう。もう時間がない。

これが『コンテイジョン』の始まりだ。後にライフスタイルブランドGoopの創設者となるパルトロウが咳き込む、という派手さとは無縁のささやかな幕開けである。豪華キャストが総出演したソダーバーグ監督のスリラー作『コンテイジョン』を公開年の2011年に観た人は、かなり濃密なエンターテイメント映画だと思ったかもしれない。エンターテイメントの極意である現実逃避と呼ぶにはダークすぎる作品だ。だが、主演俳優たちが一様に張り詰めた真剣な表情をし、乾いた口もとの特殊メイクをほどこされたほかのキャストたちが遺体となって運び込まれていく姿には、夜のシネコンのシートに座りながらも引き込まれずにはいられない一種の勢いがある。ソダーバーグといえば、スリラー作品の名手だ。脚本家のスコット・Z・バーンズもそう。作曲家クリフ・マルティネスによるシンセサイザー主体の音楽だって、映画監督・作曲家ジョン・カーペンターの作品に引けを取らないくらいスピード感に溢れている。『コンテイジョン』はまさにノンストップ映画なのだ。

Translated by Shoko Natori

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