ザ・ストロークスが「ロックの救世主」と謳われた、2003年の1万字秘蔵インタビュー

2001年撮影のザ・ストロークス、左からファブリツィオ・モレッティ(Dr)、アルバート・ハモンドJr(Gt)、ニック・ヴァレンシ (Gt)、ジュリアン・カサブランカス(Vo)、ニコライ・フレイチュア(Ba)(Photo by Anthony PIdgeon/Redferns)


アルバート・ハモンドJrのしたたかさと野心

翌日の午後、筆者はイーストビレッジのタワーレコードでハモンドと会った。数日間放置しているであろう無精ひげを蓄えた彼は、裏返し状態のTシャツの上にピンストライプの古着のコートを羽織っている。毎晩同じものを着ているのは彼も同じだった。昨年強盗にCDコレクションを盗まれた彼は、デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』、マグネティック・フィールズの『69 Love Songs』、そしてガイデッド・バイ・ヴォイシズのアルバム3枚を買い直した。フレイチュア曰く、メインストリームではなくとも活動を続けられるだけの金を稼ぎ、長いキャリアを通じて数多くのアルバムを発表し続けているGBVは、ストロークスにとって模範的な存在だという。

ハモンドは買ったばかりのCDを聴くのが待ち遠しい様子だ。「AVを買い込んで、ヌキたくてたまらなくなってるみたいな感じさ」彼は賢者のような口調でそう言った。

次に訪れたOther Musicでは、オーストラリアの若者4人によるガレージロックバンド、ジェットのCDが陳列されていた。「こいつらの曲を聴くと音楽をやめたくなるよ」ハモンドはそう話す。見た目はいかにもフェイクでオリジナリティは皆無、曲は全部似ていてアルバムは過大評価されている、それが彼の見方だった。だが実のところ、ストロークスは過去に全く同じ批判を浴びている。

「世間が俺たちのことをコケにしたがるのは理解できるよ」ハモンドはそう話す。「インタビューとかを読むと、俺たちが変に気取ったやつらとして映ると思うんだ。でも俺たちに会ったことがある人々は、それが事実じゃないことを知ってる。俺は他人に対して優しくありたいと思ってるし、思いやりのある人間であろうとしてる」



だが世間が本当に知るべきなのは、ストロークスというバンド、特にカサブランカスとハモンドの2人がいかにシリアスで、音楽に情熱を傾けているかということだ(バンド結成当初、ハモンドはライブのブッキングを自身でこなしていた他、過去に使ったPaul Spencerという偽名を用い、バンドのマネージャーとしてレーベルの重役たちとコンタクトをとっていた)。物腰が柔らかく笑顔を絶やさないハモンドだが、彼はしたたかさと野心を隠し持っている。

ストロークスのファッショナブルなイメージは彼によるところが大きい。バンドを結成する前からミュージシャンらしい服装をしていた彼は、出演者のふりをして度々コンサート会場に潜り込んでいた。またボックスオフィスの受付と20分に渡って口論し、Ticketmasterでチケットを買ったと言い張ることで(事実ではなかった)、ソールドアウトのウィーザーのライブを堪能したこともあるという。まさに羊の皮をかぶった狼だ。そして今、彼は腹を空かせていた。

「俺のランチは常に2択なんだ」彼はそう話す。「ブレックファーストかスシ、そのどっちかさ」

彼はお気に入りのレストランの電話番号をすべて、携帯のスピードダイヤルに登録している。「電話番号案内で照会してもらった番号は、全部スピードダイヤルに登録してるんだ」彼はそう話す。「あのサービスは1回につき1ドルくらいかかるからね」。彼はBlue Ribbonで寿司を食べることに決めた。彼が席に着いた直後、手元の携帯が鳴った。相手が母親であることを確認した彼は、それを無視することに決めたようだった。

「俺は親不孝者さ」彼はそう話す。「俺からはあんまり電話しないんだ。母さんはしょっちゅう電話してきて『愛してるわ』なんて言うんだけど、俺は『わかったわかった、忙しいから切るよ』みたいな感じであしらってる。ツアーから帰ってきて彼女が家に来てる時に、誰も母親に電話をかけようとなんて思わないだろ?」

ハモンドは洗礼を受けた監督派教会員だが、1年半前に非公式にユダヤ教に改宗し、バンドメンバーのヴァレンシと同じユダヤ教徒になった。「ロスで自分がユダヤ教徒だって初めて主張した時のことはよく覚えてる」ハモンドはそう話す。「俺は相手の男に壁際に連れていかれて、それまで知らなかった世界を発見した。夜には女もあてがってもらったよ」

Translated by Masaaki Yoshida

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