ザ・ストロークスが「ロックの救世主」と謳われた、2003年の1万字秘蔵インタビュー

2001年撮影のザ・ストロークス、左からファブリツィオ・モレッティ(Dr)、アルバート・ハモンドJr(Gt)、ニック・ヴァレンシ (Gt)、ジュリアン・カサブランカス(Vo)、ニコライ・フレイチュア(Ba)(Photo by Anthony PIdgeon/Redferns)


ナイジェル・ゴッドリッチに関する質問

モレッティが空港に向かった後、筆者は2Aでハモンドとカサブランカスと合流した。カサブランカスは機嫌が悪く、どれだけプリングルスが嫌いかということについてまた熱弁をふるっていた。ハモンドは今Catherine Pierce(カントリー調ポップの姉妹デュオ、ザ・ピアーシズの片方)と付き合っているが、今夜は男友達とつるむことに決めているようだった。その晩の別れ間際、彼は自分の靴が見当たらないと地上に出る階段の前でぼやいていたが、彼は既に靴を履いていた。(カサブランカスはこう言った。「はっきりさせておくけど、俺たちは誰もドラッグはやらない。母さん、本当だからね」)

午前5時30分、筆者がバーを後にした1時間後、ハモンドが電話をかけてきて皆の居場所を知らないかと訊く。彼はまだ飲み足りない様子だった。その日の午後12時20分、彼は再び電話をかけてきた。

ハモンド:今朝電話くれた?

筆者:いや、かけてきたのは君だよ。覚えてないの?

ハモンド:そっか、ならいいんだ。気分はどうだい?

筆者:悪くないよ。君は?

ハモンド:あんなに飲み歩いたのは久々だよ。鬱憤が溜まってたんだな。

筆者:楽しんだみたいでよかったよ。

ハモンド:まぁね。パーティし過ぎて耳が痛いよ。



翌日の夜、イーストサイドにある隠れ家風のバー19th Holeで、カサブランカスにインタビューを行った。彼の服装は先日とまったく同じだった。その日『ルーム・オン・ファイア』のアートワークについてRCAと議論した後、記者会見での取材に応じていた彼は既に疲れていた。彼は自信たっぷりの様子で、「ナイジェル・ゴッドリッチに関する質問」に対する回答をついに考えついたと宣言した。当初バンドは、レディオヘッドとの仕事で知られるゴッドリッチを本作のプロデューサーに迎えていたが、両者のやり方は相容れなかった。どんどん先に進んでいこうとするゴッドリッチに対し、バンドは1音1音にじっくりと磨きをかけようとした。結果的に、バンドはデビュー作『イズ・ディス・イット』をプロデュースしたゴードン・ラファエルを呼び戻し、わずか2カ月でアルバムを完成させた。方向性は前作と大きくは変わらないが、スタジオ作業の経験を積んだバンドのよりタイトで洗練された楽曲の数々は、前作を擦り切れるほど聴いたファンたちの欲求を満たしてくれるだろう。

ゴッドリッチに関する質問に対する回答について尋ねると、カサブランカスはインタビューが始まったら教えると言った。はやる気持ちを抑えつつ、筆者はテープレコーダーの録音ボタンを押した。それが史上最低のインタビューの始まりだった。

Translated by Masaaki Yoshida

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