世界保健機関(WHO)の実態に迫るーーコロナを巡る米国との関係

WHOの比較的乏しいリソースは、ゲイツ財団からのような大口の拠出金によって補われている。WHOの2年間(2020〜2021年)の予算は約48億ドル(約5200億円)。ちなみに米国疾病予防管理センター(CDC)の予算案は、2021年の1年間で約70億ドル(約7590億円)だ。WHOの収入の80%は寄付によって賄われている。つまりWHOが自由に使えるのは、わずか20%ということになる。WHOは、各国に割り当てられた負担金の増額を働きかけたり、任意で寄せられた拠出金の使い道の自由度を高めようとしてきたがうまくいかず、長年に渡り自由な活動ができないでいる。(本件に関してローリングストーン誌はWHOにコメントを求めたが、返答がない。)

「WHOには194の国が加盟していて、194通りの方針がある」と前出のユード教授は言う。「WHOは相反する利害の調整に苦労している。加盟国がWHOの広い裁量権を認めない限り、いくらWHOが望んでもがんじがらめのままだろう」。

WHOへの資金提供者が組織の裁量権を認めたがらない理由のひとつには、WHOへの信頼度の低さがある。WHOは組織の官僚主義的な仕事のせいで公衆衛生の重大局面への素早い対応ができず、大口寄付者の意向に沿って動いているとの批判を受け続けている。2009年の新型インフルエンザ(H1N1)流行の際には、WHOは製薬業界の利益を優先していると非難された。ローリングストーン誌が複数の公衆衛生の専門家に実施したインタビューで、WHOの動機が腐敗しているという疑いはやや弱まったものの、たとえ出資者にどれだけ首根っこを掴まれていようが、不公平な組織だというイメージは払拭できない。「いわゆる悪循環だ」とサイモン・フレイザー大学のリーは説明する。「十分な資金力の無いWHOのような組織が、努力したものの資金提供者の期待するような働きができなかったとする。すると“もうこの組織へは金を出したくない”となる訳だ。」

組織の複雑さと限られたリソースのせいで、WHOはそもそも「成功しない運命」にあったのだとリーは表現した。WHOは官僚主義や競合、利害関係、そして世界から病気をなくすという過大な義務に縛られている。「世界トップクラスの公衆衛生専門の組織であることを期待される一方で、世界の医療や保健に関わる複雑な政治的駆け引きをもマネジメントしなければならない」と、グローバル・ストラテジー・ラブのスティーブン・ホフマン所長は言う。彼は、カナダのヨーク大学で世界の保健・法律・政治学を担当する教授でもある。「WHOはその二元性に苦しんできたのだ。」

2014年に発生したエボラ出血熱の流行時には、WHOの弱点が被害の拡大につながった。最終的に西アフリカ全体で、1万人以上がエボラ出血熱で死亡した。前出のジャー所長(ハーバード・グローバル・ヘルス・インスティテュート)が指摘するように、WHOはエボラ出血熱の対応でいくつかの「致命的なミス」を犯した。特に深刻なののは、最初の症例が確認されてから「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」を宣言するまでに5ヶ月かかったことだ。WHOは宣言の遅れを激しく非難されたが、官僚的組織の機能不全、緊急事態への対応準備不足、WHOの意見によって経済的に影響を受けそうな関係国への顔色伺いが原因だとされた。「貧困な西アフリカ諸国で発生したとはいえ、WHOは感染の広がる国々が望まないだろうと自己判断して、積極的な介入や緊急事態の宣言をためらった」と、2004〜2006年にWHOでの勤務経験があり、チャタム・ハウスのグローバル・ヘルス・プログラムでシニア・コンサルティング・フェローを務めるチャールズ・クリフトは言う。「弱腰な対応だった。」

エボラ出血熱対応の失策は、世界的にWHOの評価を下げた。「危機的な状況だったが、現在進行中の脅威とも言える」とジャー所長は言う。「WHOにはあらゆる役割がある。しかし複数の低所得国にまたがる伝染病拡大に対して効果的な対応や調整ができないのであれば、組織の存在意義はいったい何だろうか。本来はそれこそがWHOとしての主要なミッションなのだ。」

委員会が設置され、悪かった点を洗い出し、対策が話し合われた。保健緊急事態プログラムが立ち上げられたものの、組織の優先事項は今なおはっきりしない。「WHOに関しては、アイデンティティ・クライシスが起きているのではないかとの疑惑を常に抱いてきた」とジャー所長は言う。「加盟国のための組織なのか、それとも世界トップの公衆衛生機関なのか? WHOが費やす80%の時間は誰もが共通して必要とする活動に充てられるが、残りの20%が最も重要な時間になる。WHOには、加盟国のために尽くすべきか、世界の公衆衛生のニーズに応える代表機関として振舞うべきかの選択を迫られる場面がある。」

Translated by Smokva Tokyo

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