トム・ミッシュの新境地に学ぶ、「共作」の醍醐味と広がる可能性

左からトム・ミッシュ、ユセフ・デイズ(Courtesy of Caroline International)

2018年のデビューアルバム『Geography』の大ヒットや星野源とのコラボなどを通じて、ここ日本でも大ブレイクを果たしたトム・ミッシュ。2年ぶりの最新アルバム『What Kinda Music』は気鋭のジャズドラマー、ユセフ・デイズとのコラボ作となった。同じ南東ロンドン出身でありながら、異なる音楽的背景を持つ2人の「共作」はどのような成果を上げたのか。今作の日本盤ライナーノーツを執筆した、ジャズ評論家の柳樂光隆に解説してもらった。

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ーこれまでのトム・ミッシュについては、どんな印象を抱いてますか。

柳樂:最初に聞いたのは『Beat Tape 1』(2014年)とか『2』(2016年)。耳障りの良いプレイリストを作ろうと思って、音源を探してたときに偶然見つけて。ローファイ・ヒップホップ……当時はそういう呼び方はなかったから、ジャズネタのヒップホップだと思って聴いてた。そのあと、2018年にデビューアルバムの『Geography』を聴いて、そこでだいぶイメージが変わったかな。




ーというと?

柳樂:『Beat Tape』の頃はビートメイカー然としてたけど、『Geography』ではそこに留まらず、もっといろんなアプローチをしてたじゃん。打ち込み、歌、演奏と何でもやりながら。

ートムは4歳からバイオリンを弾くようになり、10代で音楽制作を始めて、名門のトリニティ・ラヴァン音楽院でギターを学んでいる。ミュージシャンとして早熟だし、しっかり勉強もしていて、歌声もクールで味があるという。

柳樂:しかも、リスナーとしての趣味もいいんだよね。そういう人が自分の好きな音楽をミックスさせた、とにかく明るいサウンドが詰まったアルバムという感じ。ヒップホップやブラックミュージック、例えばJ・ディラやロバート・グラスパー辺りが好きなのは『Beat Tape』の頃から伝わっていたけど、さらにディスコやアシッド・ジャズ、AORだったり、ボサノヴァっぽい雰囲気の曲もあれば、フュージョン風のギター・インストまで披露している。いい意味で節操がないけど、出来上がりはまとまっているからプロデューサーとしてのセンスがいいんだなって。これも裏を返せば、ビートメイカー出身らしいサンプリング感覚の賜物なんだろうけど。

ートムの演奏にも、どこかサンプリングっぽさがあった気がします。

柳樂:ギターでいえば、よく言われてるジョン・メイヤーとか、ディアンジェロのバンドで弾いてるアイザイア・シェイキーだったり。そういう好きなアーティストの演奏を取り入れて、曲ごとに弾き分けるのが上手い。演奏がどうこうというより、全部トータルで一人のアーティストという感じがする。



ーそんなトムの資質をわかりやすく伝えたのが、10分の制限時間内でトラック制作していく「Against The Clock」の動画。Logicを操りながらビートを組み立て、その場で弾いたバイオリンやギターの音を加工する、あの手捌きは見事だなと。

柳樂:昨年ロンドンに行ったんだけど、ラウンドハウスという有名なライブハウスがあって、そこの地下に11歳〜25歳までしか使えないスタジオがあるんだよね。そこを取材しに行って、スタッフに施設内を案内してもらったんだけど、イギリスの若手ミュージシャンを育成するための場所で、企業・資本家の出資によって運営されているから安く使えるし、楽器や機材が置かれた部屋がたくさんあって、それぞれの部屋に教えてくれる講師がいるんだって。


2011年に公開された「Roundhouse Creative projects」音楽部門の紹介映像

ー羨ましすぎる環境!

柳樂:で、そこのスタッフに「ここから有名になったミュージシャンは誰かいますか?」と訊いてみたら、トム・ミッシュと、サックス奏者として活動している姉のローラ・ミッシュがそうなんだって。あとはリトル・シムズ。ラウンドハウスでは歌や楽器演奏、作曲だけじゃなくて、ビートメイクやDJ、録音やミックスといったスタジオ作業のノウハウ、動画撮影、ラジオDJまで学ぶことができるんだけど、そういう施設のあり方が、そのままトム・ミッシュっぽいと思ったんだよね。

ーどういうことです?

柳樂:マルチな音楽家という意味でもそうだし、最近も「Quarantine Sessions」というシリーズで自宅からカバーを投稿しているように、動画への意識も高くて、見せ方が上手い。それに、カバー曲の選び方に関してもDJっぽいというか選曲家としてのセンスもよくて。

彼はSpotifyに「real goog shit」というプレイリストを公開していて、2015年から現在進行形で追加されてるから1200曲以上セレクトされてるんだけど、その並びが実にイギリス的で、もっといえば日本のフリーソウルっぽい趣味なのがよくわかる。例えばネオソウルやR&Bでも濃すぎるものではなく、リアン・ラ・ハヴァスとかエミリー・キングみたいな人が選ばれてたり、あとは王道のサンプリングソースもたくさん入ってる。


世界各国で外出自粛の動きが広がる中、 トム・ミッシュは動画シリーズ「Quarantine Sessions」(隔離セッション)を3月中旬よりほぼ毎週投稿。これまでにニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」のカバー、ルーサー・ヴァンドロス「Never Too Much」とマック・ミラー「What’s The Use」のマッシュアップ、サンダーキャット「Them Changes」のカバーをアップしている。



ー日本で広く歓迎されたのも、このプレイリストを踏まえれば納得というか。彼以前のジャズ文脈、それこそロバート・グラスパー以降の表現に挑むためには突出した演奏スキルが求められたけど、トムはセンス次第でそこを乗り越えられることを証明したような気もしていて。

柳樂:誰か上手なドラマーを連れてくる、とかじゃなくてね。そこもやっぱりトラックメイカー的な発想が大きい気がする。J・ディラの影響にしても、『Beat Tape』ではよれたビートを取り入れてたけど、『Geography』ではイイ感じのサンプリングソースを見つけてくる洒脱さを反映していた気がする。J・ディラも当時のヒップホップでは珍しく、いろんな曲でボサノヴァをサンプリングしてたり、選曲のセンスが面白い人でもあったんだよね。

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