トム・ミッシュの新境地に学ぶ、「共作」の醍醐味と広がる可能性

左からトム・ミッシュ、ユセフ・デイズ(Courtesy of Caroline International)


トムとユセフを繋げた、UK独自のクラブカルチャー

ー『What Kinda Music』を聴き進めて、まず驚いたのはビートとグルーヴの変化でした。

柳樂:うん、かなりビートが強い。これまでのトムはビートが軽めで、それこそローファイ・ヒップホップ的な緩い快楽性があったけど、今作のビートは重くて低音も出ているし、リズムも複雑になっている。「ユセフはリズムを作る天才だから、まずは彼に好きにやらせてみた」とトムが話しているように、ユセフのドラムが出発点になった曲が多いのも関係しているみたい。

その一方で、「The Real」ではユセフが叩いたビートを持ち帰って、それにトムがアレサ・フランクリンのサンプリングを加えたりしたそうで、ユセフも「ドラムの音が全然変わっていて驚いた」と振り返っている。それとは逆に、トムから先にアイディアを投げかけることもあったそうだし、まさしく共同作業の賜物なんだろうね。




ーユセフも「お互いが奏でる音楽に耳を傾けて、それを補ったり、より発展させようと思っていた」と言ってますし。

柳樂:あとは共同作業の「何が起こるかわからない」スリルも楽しみつつ、意思疎通もうまく図れてたんじゃないかな。「Tidal Wave」みたいにスロウで重心を落とした曲も新機軸だけど、それについてユセフが「マーヴィン・ゲイの曲を聴いてると、テンポが速くなくても気持ちいい。それはいいグルーヴがあるからなんだ」と語っているのと呼応するように、トムのほうも「『Geography』を作っていた頃はケイトラナダやブラジル音楽の影響が大きかったけど、それ以降はソウル・ミュージックをたくさん聴いて、マーヴィン・ゲイを筆頭とした作品のプロダクションを研究した」と話しているのが象徴的で。




ービートが変化したのと同じように、トムのギターもこれまでとは違う表情を見せています。

柳樂:従来のトムっぽい爽やかなフレーズが入った「I Did It For You」みたいな曲もあるけど、『Geography』に比べるとギターは全体的に控えめ。その代わり、エフェクトを駆使した音響的なアプローチで貢献していて、表現の幅はむしろ広がっている感じがする。トレードマークだったメロディアスな演奏は抑えて、演奏自体をプロダクションの一部として捉えるようになったというか。

曲でいうと「Kyiv」がわかりやすいけど、ここでのギターは明らかにフレーズよりもテクスチャーを重視していて、音色のレイヤーを淡々と重ねているように聴こえる。そんなふうにプレイが変化したのは、トムが「シンセを基調とした曲が多くて、そこにギターを入れようと思ったら上に重ねるしかなかった」と語っているように、シンセやエフェクトのたゆたう音像、もっと言えばダブにも通じる空間性を活かしたかったんだと思う。




ートム・ミッシュとダブ/レゲエは、これまでのイメージだとなかなか結びつかないですが。

柳樂:最初のほうで紹介したSpotifyのプレイリストにも、レゲエの曲は全然入ってないしね。でも「Sensational」のビートやディレイの感じも露骨にダブっぽい。レゲエから連なるイギリスのクラブカルチャーに由来するサウンドというか。この浮遊感はコズミックとも言い換えられそうだけど、やっぱり近いのはユセフ・カマールなんだよね。トムならではの甘い歌声が響き渡る瞬間もありつつ、基本的には「メロディーより音響重視」というスタンスも含めて、ユセフ・デイズが持ち込んだものは相当多い気がする。ユセフのセッション仲間でギタリストのマンスール・ブラウンが発表した『Shiroi』ってアルバムを聴くと、トムの演奏 が変化した理由や、ユセフが持ち込んだものが見えやすくかも。




柳樂:同じことはリズムにも言えるよね。まるでレイドバックしていないし、これまでの影響源だったJ・ディラの要素も感じられない。西アフリカ音楽に影響された「Festival」みたいなビートもトムが作ってきたビートとはかけ離れている。それに、音作りはセッションが起点だけど、ジャズの即興みたいにリズムが動きながらグルーヴするんじゃなくて、ひたすらステディなビートを叩き続けている。

ーたしかに。

柳樂:リズムが動かなくてトラックっぽいのはUKジャズ全体の特徴で、そこがヒップホップやR&Bを取り入れたアメリカの現代ジャズとの決定的な違いでもあるんだけど、今作に関していえば、ユセフのお父さんがジャマイカ系であることや、彼がレゲエ史の代表的リズムセクション、スライ&ロビーを理想型として挙げている話と繋がっていると思う。

ユセフのフィルターを通過することで、ジャマイカや西アフリカの移民が育んできたUK独自のクラブカルチャーが、トムの音楽と接続していった。その一方で、トムの天性であるメロディアスな感性が、ユセフだけでは作れない不思議な味わいに結びついている。そういった化学反応が、『What Kinda Music』のサウンドを決定づけているんじゃないかな。


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