スパークスは50年のキャリアで何を歌ってきたのか?

間違ってこの世界に紛れ込んでしまったような違和感

今回発売となるニューアルバム『A STEADY DRIP, DRIP, DRIP』の一曲目を飾る「All That」は、スパークスが得意とするスロー・テンポの徐々に盛り上げるタイプの曲だ。


All That」 (Live in Isolation)


1974年の傑作アルバム『Propaganda』B面の一曲目を飾る「家には帰れない(Never Turn Your Back on Mother Earth)」などが同様のスタイルだが、



こうした傾向の曲をアルバムの一曲目に持ってくることは珍しい。歌詞は「私たちの未来の行く末」について鼓舞するように歌われている。同様のテーマを扱い、また歌詞に「King and Queen」という言葉が出てくることから、1975年発表のアルバム『Indiscreet』収録の「Hospitality On Parade」を想起させる。



Hospitality On Parade

いつか新しい海岸線ができる、アトランティック(大西洋)にはもう飽きた
君たちの仲間とも、もう縁を切ろう
世界中に轟く銃声が、すぐにでも聞こえてくるだろう
すぐにでも銃声が
それまでの間、紅茶と煙草でもいかが?
さあ、ジェニーちゃん、ご主人様にご挨拶をおし
いい子できちんとお仕えするんだよ
僕たちのご主人様には、優しくしてあげなくてはいけないよ
でも僕たちにご主人様なんて本当に必要なのか?という気がしてくるね
だって僕たちはみんな、自分でご主人様にも、王様にもなれるんだから
(訳詞:鈴木亨)

そしてリフレインとなる部分は「僕は特別、きみも特別、彼は特別、彼女も特別、僕たちはみんな特別扱いされる人間なんだ」と歌われる。世界中に轟く銃声(A shot heard round the world)とは、1775年のアメリカ独立戦争のきっかけとなったレキシントン・コンコードの戦いについて書かれたエマーソンの詩の一節からとられた表現であり、その後の第一次世界大戦などの大きな戦争が始まるきっかけなどの表現として慣用句となっている言葉だ。日本で言えば満州事変といったところだろう。ともあれ、この歌詞は45年前に書かれたものでありながら、こんにちのアメリカのみならず、世界を取り巻く状況を言い当てていると思えないだろうか。先週作られた曲だと言っても信じる人は多いだろう。スパークスはことさら政治色を強く押し出すバンドではないが、時折、世界の方がスパークスの歌詞に近接する時がある。つまりそこに、普遍的に示唆するテーマが存在するということだ。これが彼らの表現が古びることのない理由だといえる。このように、現実世界に足をつけながら、生活圏を離れることなく、それでいながら舞台劇の音楽のように、我々を取り巻く状況や世界の有様を戯画化する。スパークスの音楽を聴いていると、まるで自分たちが暮らす日常的な光景が、舞台の書き割りの美術のように見えてくるという不思議な体験をすることになる。それでは彼らの初期の代表曲である「This Town Ain’t Big Enough For Both Of Us」を聞いてみよう。



This Town Ain’t Big Enough For Both Of Us

この街は僕たち二人には狭すぎる、だけど僕たちはこの街を見捨てはしない

このような感覚は世界中どこでも同じように感じ取れるものだろう。普遍的でありながら、ドメスティックな地元感覚に溢れた世界観である。映像の中で注目すべき点は、キーボーディストで兄弟の兄にあたるロン・メイルの挙動である。およそロック・ミュージシャンらしからぬ風貌で、まるで間違ってテレビ・ショウの収録に紛れ込んでしまったような強烈な違和感を残す。このイギリスのテレビ番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」の映像を観ていたジョン・レノンは、思わず「おい、テレビを見てみろ、ヒットラーがロックを演ってるぞ」と友人に電話をかけたという逸話が残されている。

ロン・メイルはインタビューで「今では素朴な人間などほとんど見かけられないが、それは別に自分を偽っているわけでもない。その事が私が曲を書く動機となっている」と発言しているが、このような「間違ってこの世界に紛れ込んでしまったような違和感」というのは、スパークスの作品世界を読み解くのに重要なキーワードとなる。

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