ボウイの死とサヴェージズを経て、ジェニー・ベスが到達した愛と暴力の境地

中でも逸早く公開された「I’m The Man」は、アグレッシヴな極みに該当する曲。アイルランド人の名優キリアン・マーフィーによるスポークンワード・ピース「A Place Above」が、事実上のイントロとして配置されている。ご存知の方もいるだろうが、キリアンとジェニーの接点は、インディロック・ファンにはどれだけ推薦しても推薦しきれないほどの傑作ドラマ『ピーキー・ブライダーズ』(英国BBC制作)だ。「I’m The Man」は昨秋放映された第5シーズンの中でお披露目され、当時はタイトルも相俟って、既存のジェンダーの枠組みに抗う曲だと受け止められがちだった。しかし考えてみると、サヴェージズの面白さのひとつは、女性だけのバンドでありながらも、作品の中で分かりやすいフェミニズム思想を押し出さなかったことにあり、リリシストとしてのジェニーの関心事は専ら、“自分の欲望を否定せず誰の抑制も受けることなく追求すること”。本作にもそれはある程度受け継がれ、この曲も実は、人間が忌むべき思想や感情を抱き得ること、場合によってはそういう人間に惹かれてしまうことを受け入れる――というような問題提起。キリアン演じる主人公を始め、『ピーキー・ブラインダーズ』の登場人物は闇を抱えた人間ばかりだっただけに、あのドラマに配置することで曲の意図が浮き彫りになる絶妙なマッチングだった。



「作詞面の出発点は、自分を苛む様々な葛藤を言葉にすることだった。サヴェージズの最後のツアーを終えた時、私は自分がすごく不完全な人間であるように感じていたの。悪い人間で、怒りっぽくて。ちゃんと向き合って克服するべきことがあるような気がしていた。私の場合、解決策のひとつは精神科医のカウンセリングを受けることであり、もうひとつの方法はアートだった。言葉にするということね。だから『I’m The Man』を書いたの。自分もそういうバイオレントな人間のひとりなんだと宣言したかったから。私の中にそういう部分がある。人間は誰だってフラストレーションや怒りを感じることがあるし、バイオレントな生き物なのよ。それを無視することはできない。邪悪な仮面をかぶることでそういう部分を自分から取り除き、同時に、欠点のあるキャラクターを見せる必要があると思った。単にパーソナルなアルバムを作って、ラヴとピースと純粋さについて歌うわけにはいかなかったのよ」。



「Innocence」も音楽的には「I’m The Man」に連なる。ロンドンなのかパリなのか、東京にも当てはまるのだろうが、都市生活者たちの人間関係の希薄さ、他者への思いやりの欠落を題材に選んだ。「Human」ではどうやら、人間性を変容させるデジタル・コミュニケーションの影響力を論じているようだ。こうした曲で社会全体に視線を投げかけて現代を考察する一方、ジェニーは冒頭で触れたように、漆黒のヴェールをはぎ取るようにして自身の実像を見せていく――タフさや奔放さだけでなく、脆さや優しさも。

「私は最初から自分をさらけ出したいと思っていたの。以前はすごくガードが固くて、サヴェージズではペルソナをまとっていた。写真にはしかめっ面をして写っていて、ジョニー・ロットンになりきっていた。怒りを感じる理由がたくさんあった気がする。その点、『TO LOVE IS TO LIVE』には脆さがかなり前面に押し出されているのよね」。



例えば、バイセクシュアルである彼女が女性との関係を歌う「Flower」では無力感を、アイドルズのジョー・タルボット(筆者が思うにジェニーに匹敵する偉大なフロントパーソンだ)をフィーチャーした「How Could You」では激しい嫉妬心を描いて、愛が自分の内から引き出す感情を無防備に表現。また、ジェニーが渡英したそもそもの理由は、カトリックの抑圧的な価値観や罪悪意識から逃れるためでもあったわけだが、“罪”に言及する「Innocence」や「We’ll Sin Together」では、そんな自身のバックグラウンドに改めて目を向けている。後者にある、“愛することとは生きること、生きることとは罪を犯すこと”というアルバム・タイトルを含んだフレーズは、まさにジェニーの信条を端的に表すもの。「立ち上がって、汗をかいて、能動的に生きることを選んだなら、過ちを犯さずに生きることは不可能なのよ」と彼女は指摘しており、バンド時代は良くも悪くも一元的/一面的な存在だったのだとしたら、曲ごとに異なる表情を見せるこのアルバムでの彼女は多元的/多面的。コンパクトながら、濃密極まりない作品を作り上げている。



バックグラウンドと言えば、同じくソロ・デビューが控えるThe xxのロミー・マドリー・クロフトと共作した美しいピアノ・バラードはずばり、「French Countryside(フランスの片田舎)」と命名されている。望郷の念を重ねたこのラヴソングのノスタルジックな佇まいは、サヴェージズの世界からは限りなく離れた場所にあり、本作最大の音楽的サプライズかもしれない。ピアノを弾いていることも然りで、20代を通じて名前を変えてまで遠ざけていたフランスに戻って己を俯瞰する『TO LOVE IS TO LIVE』は、ジェニー・ベス名義ではあるものの、初めてカミーユ・ベルトミエという女性を知った気持ちにさせるんじゃないだろうか。

最後に、そのフランスという文脈にも言及しておきたい。というのも、フランス人の女性シンガー・ソングライターたちがこれほど英語圏のインディロック界で存在感を誇った時期は、過去になかったと思うのだ。クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ、久々の新作を送り出したソーコロロ・ズーアイジェインといった具合に。そこにジェニーが加わったことで、何か面白いことが起きていると、ここでもひとつ確信が持てた。




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