フィービー・ブリジャーズが語る新境地、The 1975への共感、笑顔と涙のハーモニー

フィービー・ブリジャーズ(Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone)


トラウマに満ちた幼少期から、インディー界の有名人になるまで

カリフォルニア州パサデナで生まれ育った彼女の幼少期は、いい思い出ばかりとは言い切れない。両親は彼女が19歳の時に離婚したが、そこに至るまでの日々は必ずしも平穏ではなかった。「悲しいことだけど、トラウマって珍しくないことだと思う」そう話す彼女は自分の人生について、「ごく普通の女性と同程度にトラウマに満ちてる」と説明する。

彼女は弟のJackson Bridgers(彼の名前はジャクソン・ブラウンに由来)とものすごく親しいという(彼女は2016年夏に行われたショーの場で、70年代の伝説的シンガーソングライターであるブラウンに弟を紹介したが、その時彼はインセイン・クラウン・ポッセのフェイスペイントをしていた。「ICPのメイクで私のショーに来たらウケると思ったらしいのよね」彼女は笑いながらそう話す。「『彼はジャクソン、あなたの名前にちなんでるんですが……』みたいな感じで、超気まずかった」)。

子供の頃から、ブリジャーズは音楽に慣れ親しんだ。母親のJamieの勧めでピアノのレッスンに通い始めたものの、それが自分に向いてないことを悟った彼女は、13歳の時にギターに転向する。Los Angeles County High School for the Artsを卒業した時点で、彼女はSloppy Janeというパンクバンドで活動しており、彼らの曲はAppleのCMに起用された。それがきっかけで他のCMでも曲が使われることになり、彼女はそこから得た収入で2017年発表のデビューアルバム『ストレンジャー・イン・ザ・アルプス』をレコーディングする。「家賃もちゃんと払いつつ、毎日スタジオに入って曲を作ってるうちに、それが自分の仕事になってた」彼女はそう話す。「そんな風になるためのアドバイスを求められたとしても、私はとにかく運が良かったとしか答えようがないの」


ブリジャーズはコナー・オバーストが率いるインディーロックバンド、ブライト・アイズからの影響について公言している。「ジャクソン・ブラウンやジョニ・ミッチェルが好きだった私にとって、自分の世代に近いバンドとして初めて共感できたのがブライト・アイズだった」(Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone)

●写真ギャラリー「フィービー・ブリジャーズの日常」

『アルプス』はまさに、感情的なソングライティングのツールドフランスだ。同作を聴けば彼女のことを知った、あるいは彼女自身になったかのように感じる(アルバムのハイライトのひとつである「Funeral」で、彼女はこう歌っている。“昨夜私は車の中で一瞬気を失った/気づくと子供の頃に使ってたベッドに横たわってた”“自分以外の誰かになりたいと願う 惨めな気分で/誰かの子供が亡くなったことを思い出すたびに”)。同作でブレイクを果たした彼女は、ルーシー・ダカスとジュリアン・ベイカーと結成したボーイジーニアス、そしてコナー・オバーストとのベター・オブリヴィオン・コミュニティ・センターという、2つのコラボレーションプロジェクトを始動させる。テイラー・スウィフトが彼女の曲をプレイリストに加えるなど、去年の時点で彼女はインディー界の有名人となっていたが、Trader Joe’s(LA発の食料品スーパー)で人目を気にせず買い物ができる程度のプライバシーは維持できているという。

彼女にとって長年のヒーローだったオバーストと組んだことは、ブリジャーズにとって大きな出来事だった。「不釣り合いだって感じてた」彼女はそう話す。「彼はすごく敬意を払ってくれるし、私の意見を聞いてくれるけど、それでも萎縮しちゃってた」。彼女が『アルプス』の後に発表した2作の露出は、あくまで適度に保たれていた。「活動を通じていろんな人と知り合うんだけど、そのうちに『バンドやろっか』って話になるの」

Translated by Masaaki Yoshida

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