ザ・チェッカーズとザ・タイガースの解散ライブアルバムから考えるアイドル性と音楽性



ザ・チェッカーズの解散武道館ライブファイナルから「涙のリクエスト」をお聴きいただいております。アコースティックコーナーっていうのがあったんですね。全員前に出てきて、当時で言うとアンプラグド風に皆が楽しくやったというコーナーの曲ですね。ザ・チェッカーズとザ・タイガースを並べたのは理由があるとさっき申し上げましたが、共通点は女の子の人気が凄かったという点です。共通していたんだけども、やっぱり時代が違ったなと思ったのが、オリジナルに対しての拘り方ですね。ザ・チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」はバンドのオリジナル曲じゃなくて、最初は俺たちはこういうのは歌いたくないっていって始まったんですけど、しばらくはオリジナルじゃないものを出していたんですね。その一方で、アルバムではオリジナルを書きつつ、1986年12枚目のシングル『NANA』から自分たちの曲にしていったんですね。アルバムは1987年の『GO』から全部オリジナルになっていきました。ザ・タイガースは、そういう作家たちの曲と自分たちの曲をうまく両立しきれず、ヒット曲は作家の曲で、でも自分たちは洋楽をやりたくてという狭間の中で行き詰まってしまったと思うのですが、彼らはうまくそこを乗り切りましたね。アイドル人気を楽しんでいた。当時のインタビュー、私は2枚目のアルバムで初めてインタビューしたんですけども、フミヤさんは「俺たちは週刊明星からディクショナリーまで」と言ってました。これは名言だと思いましたね。おれたちは自由なんだというのを自分たちのスタイルにしておりました。

これはちゃんと伝えなければいけないんですけど、ザ・チェッカーズは、メンバー全員が作詞作曲に関われた。とてもクリエイティブなグループだった、そういう面がありながらアイドル性が凄かった。武道館以外の色々な解散コンサートも見たことはありますが、こんなに客席もステージも泣いていた解散コンサートは思い浮かびませんね。武道館だけではなく、九段下駅の改札からずっとセーラー服の女の子の集団が並んでいて、皆抱き合って泣いている。コンサートが始まっても、客席も皆歌いながら泣いているというコンサートだったんです。ステージも客席の涙に引っ張られないように、どこか強がっているところもあったりして初々しかったですね。チェッカーズのコンサートは、お客さんもアルバムをちゃんと聴いて曲を覚えてきてる。そういうコンサートに来るお客さんは、こうでなければいけないというのをチェッカーズは説教しながら伝えておりましたね。お客さんを教育した。この解散コンサートは正にその集大成のようなライブだったわけです。最後の曲「Rainbow Station」をお聴きください。

Rolling Stone Japan 編集部

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