スティーヴィー・ワンダー最高傑作『キー・オブ・ライフ』知られざる制作の裏側

スティーヴィー・ワンダー『キー・オブ・ライフ』のジャケット写真


Yamaha GX-1とクリシュナ信者の詠唱

忠実なバンド仲間のほかに、ワンダーには秘密兵器があった。最新式のアナログ・シンセサイザー、Yamaha GX-1だ。3段のキーボ―ド、数オクターブのフットペダル、リボンコントローラー、音を記憶し変調もできるまばゆいボタンの数々、さらにはビルトインベンチまで付いた巨大な楽器だ。フィリンゲインズは少し大げさに、「8人家族が住めるくらいの大きさだった。巨大だった」と語った。

大きさが破格なら、価格も桁外れだった。GX-1の販売価格は仰天の6万ドル(インフレ調整後の現在の価格で32万ドル)だった。未来の一般用シンセサイザーの見本として限られた台数のみ生産され、大量生産されることはなかった。そのほとんどは、エマーソン・レイク・アンド・パーマーのキース・エマーソン、レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズ、アバの作曲担当ベニー・アンダーソンといった業界の大物の手に渡り、ワンダーは2台購入した。



GX-1にはマルチプレイヤーにとっての利点がたくさんあった。(当時にしては)本物に近い楽器サンプルを使えば、人の手を借りずに音の層を重ね、複雑なオーケストラの下地を作ることができた。当時のシンセサイザーとは異なり、GX-1は和音や複数キーを使った同時演奏も可能だったので、わずかな時間で豊かな伴奏付きの曲を作ることができた。

ワンダーはこの金属製の巨獣を「ドリーム・マシーン」と呼び、すぐにアルバムの多くの曲で活用した。中でも注目すべきは「ビレッジ・ゲットー・ランド」と「楽園の彼方へ」(Pastime Paradise)だ。



後者は、車輪が転がり続けるようなフーガで始まる。バッハの「プレリュードとフーガ第2番嬰ハ短調」から冒頭8小節を引用し、ビートルズの「エリナー・リグビー」を意図的に模倣している。不安げなインストゥルメントのフレーズは、逆回しのドラの音でさらに方向感覚を失い、ドラの音に続いてハレ・クリシュナ信者のお経が始まり、フェードアウトしていく。創造性が爆発した衝動で、クリシュナ信者は路地からこの曲に引きずり込まれた。

「ギャリー(・オラサバル)がハリウッド大通りでクリシュナ教徒を集めてきた。彼らに参加してもらえたら最高だろうと思ったんだ。ギャリーが相談に行き、スタジオに来てもらうよう調整した」と、フィッシュバッハはサウンド・オン・サウンド誌で振り返った。

ハリウッドの東側にあったクリスタル・スタジオは、街の中心部からそう遠くなかった。「クリシュナ教徒たちは、セルフ・リアリゼーション・フェローシップ(ハレ・クリシュナの教会)から一列になってずっと歩いてきた」とオラサバルが付け加えた。「100人はいたと思うが、詠唱したり祈ったりしながら曲に参加するために来てくれた。それなのにスティーヴィーは現れなかったんだ。俺たちはどうずればいいかわからなくて、とにかく彼らをスタジオに案内した。メインルームの音響は生演奏には向かなかったがとても広かった。彼らはそこで何時間もお経を唱え、周りの人と会話することもなかった。結局スティーヴィーは来なかったので一度戻ってもらい、また別の日に来てもらわなければならなかった」。スティーヴィーがすっぽかしたにも関わらず、彼らは好意的で、「怒ったような様子もなかった」とオラサバルは語った。「俺たちは大丈夫だったけど、何時間もぶっ通しであのお経を聞き続けるのは苦痛だろうね」。

ウェスト・エンジェルス・チャーチ・オブ・ゴッドの聖歌隊もこの曲のエンディングに参加した。クリシュナ信者の詠唱に、聖歌隊が歌う公民権運動の賛歌「勝利を我等に」(We Shall Overcome)が織り込まれた。より高尚な精神世界と社会的意識、永続性と緊急性のブレンドが、若き巨匠の内面で渦巻いていた夢に声を与えた。

Translated by Rolling Stone Japan

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