スティーヴィー・ワンダー最高傑作『キー・オブ・ライフ』知られざる制作の裏側

スティーヴィー・ワンダー『キー・オブ・ライフ』のジャケット写真


家族と個人史から得たインスピレーション

一方で、スティーヴィーの心に直接響いたのは「別の声」の登場だった。1975年2月5日、ワンダーは父親になった。ヨランダ・シモンズがアイシャ・モリスを出産したのだ。「僕の人生と音楽に必要だったのは、まさに娘の存在だった」と、ワンダーはアイシャが生まれた直後、ウーマンズ・オウン誌に語っている。親になることを喜び、祝福する「可愛いアイシャ」(Isn’t She Lovely)は、新たなインスピレーションからの最も明らかな恩恵ではないだろうか。曲のイントロに使われた誕生の瞬間の音声は別の赤ちゃんのものだが、浴室で父親と水遊びするアイシャの笑い声は、長いアウトロで聞くことができる。




ワンダーの妹、リニー・ハーダウェイも『キー・オブ・ライフ』にヴォーカルとして参加し、アルバムからの最初のリードシングルとなった「回想」(I Wish)で“You nasty boy!(このイヤな子!)”という罵りの合いの手を入れている。収録曲の中で最後に完成したこの曲の元の歌詞は、戦争や「果てしない精神世界」を扱っていたが、ワンダーがモータウンのピクニックに参加したとき、その内容は変わった。子供の頃からスターだったスティーヴィーにとって、モータウンは小学校のようなものだった。ピクニックでの楽しい午後のひとときがノスタルジアを呼んだのだった。スティーヴィーは大急ぎで子供時代についての新しい歌詞を書き、午前3時にベーシストのネイサン・ワッツに電話した。ワッツは、レコーディングの長い一日を終えて帰宅したばかりだった。「スティーヴィーから電話があって、『戻ってきてほしい。最高の曲ができたんだ!』って言われたよ」と、ワッツはベースプレイヤー誌に語っている。

アルバムのボーナスレコード『A Something’s Extra』の収録曲「土星」(Saturn)も、過去を優しい眼差しで振り返るところから始まっている。この曲の元々の舞台はワンダーが生まれたミシンガン州サギノーで、ジャクソン5の「ゴーイング・バック・トゥ・インディアナ」と同じ形で故郷へのオマージュとして作られた。しかし、ギタリストのマイケル・センベロ(後に映画『フラッシュダンス』の挿入曲「Maniac」をヒットさせる)が、サギノーを土星(サターン)と聞き間違えたとき、この曲は宇宙に方向転換した。ワンダーは土星を、過ぎた日々のように手の届かない理想郷だと表現した。

ワンダーの家族史や個人史の痕跡は、アルバムの至るところに見受けられる。「神とお話し」(Have a Talk with God)の歌詞は兄のカルビン・ハーダウェイとの共作で、元妻のシリータ・ライトは「出逢いと別れの間に」(Ordinary Pain)のバックコーラスを務めている。“麗しのシュープリーム嬢”に言及している「エボニー・アイズ」は、ワンダーが幼少期に夢中になった同じレーベルのダイアナ・ロスに捧げた曲だと解釈されている。ワンダーは「彼女に夢中だった」と2008年にヴァニティ・フェア誌に語っている。「モータウンに来た時、ダイアナは会社のビルの中を案内してくれて、いろんなものを見せてくれた。彼女は素晴らしい人だった」。



「エボニー・アイズ」には他にも、別のシュープリームスのメンバー、フローレンス・バラードに捧げられたという信憑性のある説がある。バラードは1976年2月に32歳で心停止で亡くなった。亡くなる9年前、彼女は薬物乱用やリードヴォーカルをダイアナ・ロスに奪われたこと(グループの名付け親はバラードだった)への恨みから常軌を逸した行動をとるようになり、グループをクビになっていた。彼女のキャリアは訴訟や家庭内暴力事件、貧困やアルコール中毒の泥沼にはまり、ついに復帰することはなかった。

ワンダーはバラードをよく知っていたのだろう。彼女の早すぎる死にさりげなく触れることは、人生に関わる全ての側面――死も例外ではなく――を書くというワンダーの使命と一致していた。

より分かりやすい、喜びにあふれたトリビュートソング「愛するデューク」(Sir Duke)では、運命としての死や音楽的な意味での死が中心に据えられ、若きスティーヴィーが成長過程で影響を受けてきたジャズの伝説、デューク・エリントンを称えている。二人が一緒に仕事をする機会のないまま、エリントンは1974年に亡くなった。「タイトルは最初から決めていたけど、僕らに何かを遺してくれたミュージシャンの曲にしたかった。彼らはすぐに忘れ去られてしまうからね。感謝の気持ちを表したかったんだ」。ここではカウント・ベイシー、グレン・ミラー、ルイ・アームストロング、エラ・フィッツジェラルドといった、殿堂入りした偉人たちの名前が挙げられている。ワンダーは、いつか自分も仲間入りすることを期待していたのかもしれない。もしも、まだそうでなかったのであればの話だが。

Translated by Rolling Stone Japan

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